妖花
「別に私は、仕事を寄越さないとは言っていない。手にした人材は骨が擦り切れるまで使う。人材が逃げださなければ、の話だけれどねえ」
「どういう意味だい」
冷静に話を聞きはじめた菊之助に、段田に代わって春芝が教えた。
「ここで仕事を紹介された侍どもはなあ、一人残らず、仕事をこなすことなく逃げ出しやがったんでい」
「いったい、どんな仕事をさせたんだよ」
「自分で味わってみろよ。そのかわり、俺に文句を言うなよ。浪人どもの苦情はうんざりなんでな」
仕事に関する苦情は春芝が受け付けていたらしい。
それにしても、どんな仕事を寄越せば、うんざりするほどの苦情が来るのだろう。
「ああ、もう何人逃げ出しただろうな。くる男くる男、みな真っ青になって尻尾を巻いた」
「全くな。どいつもこいつも根性なしばかり。さんぴん、とかいうやつだ」
「ジパング、いや、日本の侍というのはこうも弱いものだったかねえ、本当に」
凄まじい毒舌である。
外海の者に日本の侍を語られたうえけなされるのは、同じ侍として聞き捨てならぬ。
聞き捨てならぬが、恐怖を前に逃走する誇り無き侍も情けない。
同じようになどなるものか。
ここで武士の意気込みを見せつけてやる。
浪人の菊之助は決意して、
「文句なんざ言わないよ。どんな事であれ、侍に向いた仕事をもらえるんだから」
きっぱりと言い放った。
剣の腕しか頼れるものがない侍は、菊之助以外にも江戸には溢れ零れるほどいる。
刀を使える仕事を紹介してもらえるのは、侍からすれば非常に喜ばしいことだ。
ただし、口入れ処の者の人格だとか、口の悪さだとかいう問題はまた別だが。
それに菊之助は、命を賭した斬り合いならばとうに経験済みである。
自負しているつもりはないが、刀を持っているだけの破落戸程度になら負けぬ。
(あっと言わせてやらあ)