妖花
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妖花屋で菊之助は、独りぽつんと座らされている。
その膝の先には、皿に乗った長方形の黄色い菓子と、味も色も薄い茶が置かれている。
つい先ほどだったか、段田へ二階へ上がる際に、
「春芝と話すことがある。君はカステラでも食べて待っていろ」
と言ったのだった。
そして間もなく、ひとりでに菓子と茶が正座した菊之助の寸前に降り立ったのだ。
段田曰くの、かすてら、とかいうこれは南蛮の菓子だろうか。
甘い匂いがするが、菊之助はこの面妖な食い物には手を付けなかった。
菊之助は段田が上って行った階段を見やる。
(何を話してるんだろうなあ、旦那は)
普通の口入れ処であれば、報酬を渡してさっさと帰す。
浪人を店で待たせ、何かを話し合うなどということは一切ない。
深夜の静寂は睡魔を呼び寄せる。
菊之助は眠い目を擦って茶を飲んだ。
夕方にも増して茶の味は薄くなっている。
(帰りたいなあ)
これまでにも、夜が更けるまで仕事に駆り出されたことはあった。
だから眠気にも耐性があるはずだが、菊之助の体内時計は早く寝ろと命令している。
すると二階から段田がひょっこりと顔を出し、
「まだ帰るなよ。今行く」
と引き留めた。
そして待つこと、指折り数えて三つ。段田と春芝が二階から降りてきた。