妖花
「またせたな。おや。カステラ、まったく食べていないじゃないか。甘いものは嫌いかい」
「そんな甘ったるい西洋かぶれなんざ、誰も食わねえぜ。日本人に出すなら、握った飯とか団子だろう」
春芝の言うとおりだ。菊之助は小さく首を縦に振る。
段田は脱力して、無言で菊之助の向かいに座す。
春芝は立ったまま、すぐ傍らで腕を組んだ。
力の限り瞼を開こうとする菊之助の膝先に、段田が紫紺の包みにくるまれたものを出してやった。
「君のだよ」
段田は妖艶に笑いかけた。
これが銭だということは分かりきっていたが、この包みの中はどうも薄っぺらい。
しかもすかすかだ。
段田と包み、交互に視線をやって菊之助は包みを受け取るや、そっと開けてみた。開けてすぐさま、包みを手から滑らせそうになった。
「に、二両も?」
二両と言えば、庶民からすれば結構な大金である。
自分の腕の肉をつねってみる菊之助に、段田が言ってやった。
「当然だろう。なんたって相手にしているのは人ではなく妖だ。大抵は人よりも強い。それに打ち勝つということは、二両分の働きに相当する。まあ、依頼元が吉原だったのもあるけれどねえ」
さすがは吉原である。羽振りがいい。
「私にとって、人は妖に逢うための媒体に過ぎない。私も春芝も、ここのところ人に期待などしていなかったよ。どいつもこいつも、逃げ出してしまうからね」
段田の面構えはたいそうご満悦であったが、声色は冷徹そのものだ。声と顔が矛盾している。