妖花
ぶわあ、と暖風に袖が舞う。
古着屋はたまらず鼻を塞ぐ。
気味が悪い。両腕を交差させてさする。
寒くもないのに、古着屋の腕は鳥肌だらけだ。
法衣をまとった一つ目の巨人が、大口を開けて背後で吐息を吐いているのではないか、とも思える。
咫尺を弁ぜぬ闇の中なので、余計に剣呑だ。
古着屋の足は、一つ数えるごとに速くなってゆく。
だが走りはしなかった。
走って逃げれば、背後から一瞬で、なにかに飛び掛かられそうな気がしたからだ。
恐れれば恐れるほど、異形とかいうものはその恐怖におののく心を喰らおうとする。
怖がった者が負け、ということだ。
怖くねえぞ。
相手にしなければ妖の大半は人に興味をなくすと聞く。
妖にまつわる逸話を信用し、古着屋は恐怖心を鎮めて風がやむのを待った。
しかし、どうしたことか。
風は一向に止まぬ。
それでも古着屋は竦む足を叱りつけ、柳の葉が揺れるたびに急ぎ足になっていった。
急げば急ぐほど、この男の内にある恐れは玉薬のように膨張していった。
気づけば、古着屋は走っていた。
息苦しさなど感じぬ。
この面妖な風からどうにか逃れようともがき、一心不乱に腕を振る。
ふと、古着屋の眼前を小柄なものがかすめた。
「ひっ」
驚いて両腕で己を庇うが、何も襲ってはこない。
小石でも落ちてきたのか。
足を止めてみる。
その時であった。
―――きちちちっ……と。
細かな百舌のさえずり声が響き渡った。