妖花
「お前な、長屋に居るだけならいいけど、いちいち口を挟むなよ」
無論、妖が何を言おうと百合には聞き取れぬ。
しかし菊之助にしてみれば、百合と話している最中に口を挟まれては気が散る。
「なんでい、そういうのもご近所付き合いのうちだろうが」
妖が反論する。
「お前みたいな妖、ここらじゃ見たことないぞ」
「いいや、ご近所さ。
なぜなら俺はおめえさんと同じく、この江戸に住んでいる」
彼ら妖で言う“近所”とは、日本規模で考えての近所らしい。
菊之助は開いた口が塞がらぬ。
抗う言葉を詰まらせた菊之助は、
「と、とにかくっ。
お前の姿が見えない人もいるんだから、俺はその間、お前に口を利けないんだいっ。
おしゃべりなら俺が一人の時にしてくれっ」
無理に言い返し、しばし荒い呼吸を繰る。
「そうか、それじゃあまた、おめえさんが一人の時にお邪魔するかな」
妖は子供の理不尽な駄々を流すように、はやばやと納得して踵を返した。
お、おう。そうしてくれよな、と蚊ほどの小声で言うが、菊之助は口をへの字に曲げていた。
長屋に戻った菊之助は、布団を大雑把に畳みながら、
「姉ちゃん、話を戻すけどよ」
「うん?」
豊かな黒髪を束ね、百合は菊之助に耳を傾けた。
「姉ちゃんは、ちと俺の事を心配しすぎだと思うんだ。
神隠しがあってから、よけいにぴりぴりしてるし……」
案の定、百合はぴたりと手を静止させた。
動揺している。
そして腰帯を正して、
「妹の身を案じない姉なんているの?」
と、もっともなことを言ってみせた。