妖花
*
日本橋を越えると、菊之助の背後から小忙しい足音が接近してきた。
「あ、さっきの妖」
何やら荷物がたくさん詰められた頭陀袋を担いで日本橋の中心からやって来たのは、あの鳥頭の妖であった。
妖は黄色い双眸を菊之助に向けて、
「よう小僧、そんなところぶらついて何してんだい?
若えんだから、ちったあ働きな」
「馬鹿言うない。今から働きに行くんだよ」
「おっと、そりゃあ失礼したな」
妖の語調は、ちっとも失礼と思っていなさそうである。
菊之助は身の丈赤子ばかりの妖を見下ろし、
「さっそく暇になってお喋りに来たようだが、残念ながら俺あ」
「働きに行くんだろ。
それはさっき聞いたぜ」
妖は小岩のような頭の後ろで手を組む。
「生憎だがよう、小僧。
俺も今は暇じゃないのさ」
「なにが生憎だよ。
絡んできたのはお前だろ」
立ち止った妖に菊之助は口を尖らせる。
しかし、妖が悠然としていられぬ状況に置かれているのは真でありそうだ。
妖は忙しなく、やたら四囲に目をくれている。
古びた頭陀袋に開いた穴からは、どこから持ってきたのか、お面やら飴やらといった江戸の屋台で売られているものが覗いている。
「妖。
お前、いろんな店から盗んできたな」
言われて妖は、ぺろっ、と舌を出し、三本の指でその穴を隠蔽する。
「いいじゃないかよ。
俺あ今から山に逃げるんでえ。
一つくらい、江戸の思い出の品を山に持ち込んだっていいだろうがよお」
「山に逃げるって……お前、誰かに追われてるのかい」