妖花
柱の上に乗ったまま山へ出発進行しようとしている妖。
それが背負っている頭陀袋を鷲掴みし、
「ちょいと待て」
と、菊之助は妖の枝のような手に、笹の葉に包容された握り飯を持たせてやった。
「言っとくが、これは、危険な奴の事を教えてくれた礼だぞ」
妖でも腹は減るだろ、持って行きな。
……とは言わず、わざと素っ気なく鼻息をついた。
妖は笹の葉を広げて握り飯を見、
「ははあ、分かったぞ。
これは姉さんが握ったんだろ。
おめえさんのごつい手じゃ、こんな綺麗な形にはならねえものな」
「そうだけど、ごついはないだろ」
「男はごつくて当然さ。
……妖は腹が減らねえから食い物なんぞいらんが、まあ、あの別嬪さんが握ったってんなら、頂くとするかな」
さっそく握り飯の一つを口にくわえ、うめえ、と呟きながら妖は南の山へ向かって行った。
(いらないって言ったわりにゃ、美味そうに食ってるじゃないかよ)
淡白で偉そうな口調とは裏腹に、だ。
あの妖はきっと、嘘が下手に違いない。
ふうっと肩をおろし、握り飯を失った菊之助は昼飯をどうすませるかを考えながら、妖花屋へ赴くのだった。
(人でも妖でもない、化け物か)
あの妖は、自分たちを脅かすものをそう称した。