妖花
女、毛女郎はひとしきり段田を凝視したのちに、
「南蛮の妖の好みじゃないみだいだけどねえ」
と、付け加えた。
「なぜ、私が南蛮の者だと思う?」
異国の者と判明しても、段田は大して驚くこともなく聞き返した。
「いたのさ。
あんたに似た、奇妙な髪質に青い瞳の男がね」
忽焉として、毛女郎は予兆もなく声を変えた。
男にも勝る、桁外れに低い声である。
「わっちゃ、もともとは隠形して遊郭を転々としててねえ。
ここ最近は、不忍池の茶屋で身体を売ってたのよ。
人の姿をとって客になりすまし、男と出会い茶屋に入る。
それでその後は紛い物の情事。
そうやって夜鷹みたいなことをやってたのに」
「不忍池を去らねばならなくなった。そうだな?」
毛女郎が忌ま忌ましげに歯を軋ませるのを、段田は黙殺している。
たちまち毛女郎は目くじらを立て、垂らされた髪どもは怒りで奮いだす。
般若の面。
それはまさに、今の毛女郎をいう。
「黒い煙のようなものを纏った男が、わっちの前に現れて」
「ふむ」
「最初は普通の男の姿で、わっちを買ったのさ。
それで、いつも通り出会い茶屋に入る。
だが、入った途端に煙が出て、その煙がわっちを襲ったのさ。
重くて、鉛みたいにずっしりとした煙。
ありゃあ、絶対に妖術かなにかだ。
もう髪で身を守るのが精一杯だったよ。
それで」
「運よく逃げおおせたというわけか」
「それからのわっちゃあ、もう散々よ」
ここからは毛女郎の憂き目話。
何しろ毛女郎は毛むくじゃらの遊女の妖。
それゆえに遊女しかできぬ性質なのか、這う這うの体でやって来たのが、かの吉原。
だが、いざ姿を現して客の前に出れば、男も女も悲鳴を上げて逃げる。
いくら毛だらけの姿が妖に好評であっても、やはり人にしてみれば、髪の毛で美貌を隠したどこか勿体無い異形である。
気がづけば毛女郎の周囲には人も寄らなくなり、やっと客が来たかと思いきや、それは自分を退治しに来た少年侍で。
まったくもって、酷い目に遭った毛女郎である。