妖花
「なぜ、私が南蛮の者だと思う?」
段田がさりげなく問うた。
「いたのさ。
わっちゃ、もともと隠形して遊郭を転々としててねえ……」
そしてここ最近は、不忍池で客取りをしていた。
供述する毛女郎は心なしか、重々しい。
色恋話のように聞こえたのは、彼らの会話のほんの一部。
本題から外れた他事に過ぎぬものであったらしい。
きっと本題は、もっと深刻なものだろう。
菊之助は毛女郎の声調からそれを察するのだった。
妖花屋の中から、細波のような音がした。
膨大な数のものが、ざわりざわりともつれてなびく音。
(毛女郎が操る、あの変な髪の毛かな)
確かあの髪どもも、こんな音を立てていた気がする。
菊之助はさらに、壁に耳を吸いつかせた。
「……不忍池を去らねばならなくなった。
そうだな」
(不忍池だって?)
段田が先読みで当てた、不忍池という単語。
それが菊之助の心に留まる。
不忍池は数日前、客の男と女が神隠しに遭った場所だ。
(不忍池で、何があったんだよ)
何があったのか。
毛女郎が茶屋から離れねばならなかった原因が考察できぬ菊之助は、ただ聴覚を研ぎ澄まして傍聴していた。
「黒い煙のようなものを纏った男が、わっちの前に現れて」
「ふむ」
「最初は普通の男の姿で、わっちを買ったのさ。
それで、いつも通り出会い茶屋に入る。
だが、入った途端に、その煙がわっちを襲ったのさ」