妖花
草花売りのすぐ後ろ、鍛冶屋の店の陰に腰を据えていた黒猫が、にゃあ、と鳴いた。
「うむ。どうもありがとう、黒猫のお嬢さん」
段田は黒猫に手を振った。
前を歩く菊之助は、振り向きざま黒猫に一瞥をくれる。
ああ、確かに可愛らしい猫だなあ、と和んで顔をほころばせた。
素直に可愛い猫だといえばいいのに、菊之助は悪し様というか口が悪い。
「なんだい旦那。
雌猫に惚気てたのかよ。
春芝が泣くぜ、そんな女たらしじゃあ。
俺よりも女が先かよう、ってさ」
「私は色情には奥手だと言ったろう。
それに私は、猫とそんな猥談を交わしていたわけじゃない」
いつになく段田が低く唸った。
これはどうやら、からかってはならぬ事のようだ。
菊之助はそれを悟り、段田を離した。
「ちょいと待てよ、旦那って猫と話せるのかい?」
「猫だけじゃあない。
犬に蝙蝠、狼や山羊や蛙、あと梟や鴉とも話せるな」
「それも、魔法とかいうやつか。
それで、あの猫と何を話してたんだ」
「聞きたいかい?」
「おう」
菊之助は焦燥感で刀の柄を忙しなくいじくりながらも、冷静さを保って答えた。
(なにか物騒なものが関わってるのかな)
菊之助の、女の勘ならぬ侍の勘が、段田の語気からそう判断した。
「百舌」
真顔になった段田の口から、最初に出た言葉がそれだった。
百舌のさえずる声には、気を付けろ。
そういえば、毛女郎もそう囁いていた。
いずれも、その名を口にした時の二人の雰囲気は、おもむろであった。
「あの黒猫は昨夜、はるばる柳橋の方からここまで逃げてきたらしい」
「柳橋」
鸚鵡返しをし、あっ、と菊之助は瞠若した。