妖花





 そこで大きく開きそうになった口をつぐみ、段田を見上げて話しかける。


「古着屋が神隠しに遭った所、か?」

「うむ」

「それで、その一部始終をあの猫は見てた、と?」


 うむ。

段田は顎を引き、菊之助に並んで静々と歩むのだった。


「黒猫が言うには、古着屋が独り歩きしているところに百舌が飛んできて」

「おう」

「そこからしばらく、百舌と古着屋が見えなくなった。

で、姿が見えたと思えば、そこに居たのは黒いもやを吐き出す百舌と、そのもやに飲み込まれる古着屋だった。

古着屋はそのまま、もやもろとも百舌に呑まれて、百舌はといえば、その後すぐにどこかへ飛び去って行ったんだとさ」


 おし、まい。

 話を聞く限り面妖な事件ではあったが、語り手があまりにも淡白な様子だったためか、その話は現実味にかけている。

 だがあの黒猫は、柳橋の町からここ日本橋町まで避難してきたという。

実際に目の当たりにしなければ、その百舌の恐しさに屈して逃げてきはしないだろう。

鳥相手に、猫が。

 だから事件自体は、真であるに違いはない。


「それで古着屋はどうなったんだい」

「さあね。

死んだかもしれないし、その百舌が、どこかに隠しているかもしれない」

「そもそも、そんな事があったのに、なんで町の奴らは誰も助けに来なかったんだよ。

しかも、見た奴さえいないなんて。

夜といっても、人が悲鳴を上げてりゃ助けに来るだろ」

「私に聞くな。

それを見ていたのはあの黒猫ただ一匹だ」


 ふむ、と菊之助はこめかみに人差し指を押し付ける。

 毛女郎曰くの、黒煙をまとう男。

 黒猫曰くの、もやで人を喰らう百舌。

 これらにはいくつかの繋がりがあった。

百舌。

神隠し関連。

そしてこれは仮定でしかないが、黒いもやとは黒煙を示しているのかもしれぬ。






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