妖花
(でも、百舌と黒煙の野郎はまったく共通してない)
毛女郎は、「百舌に気を付けろ」らしきことを言っていたし、黒猫の話にも、「百舌がもやと一緒に人を呑み込んだ」とある。
だがしかし、神隠しを起こしているのが百舌だとしたら、毛女郎を襲ったあの黒煙の男は何者か。
菊之助はのろまな頭脳を限界まで活用する。
そこで、
「結界、かもしれないな」
ぽつん、と段田がそう呟いた。
菊之助の耳はそれを聞き漏らさぬ。
脳は全く回転してくれないが、五感なら年中無休で全力稼働している。
「結界ってなんだよ。
妖術の類か?」
菊之助は畳みかけて問う。
「旦那は、それが何か知ってんのかい?」
「己と外界を隔てる術さ。
例えば人の目を眩ますとか、他のものの侵入を防ぐとか」
「それも南蛮の妖術、魔法とかいうやつか」
「結界はどの魔術にも存在するし、知恵ある異形だって使いこなす。
この江戸の町も、四神相応による結界が張られている」
外界と己を隔てる術が施されている割に、江戸の町はやすやすと異国の怪物に侵されてしまっている。
町を守護する結界は、どうやらそれほど強固なものではなかったらしい。
「じゃ、じゃあ。
古着屋の件について、誰も見た人がいなかったってことは。
その百舌が結界で人の目を眩ました、ってことなのかい」
「妖であれば、姿を消すこともできるし人に視られなくて当然だ。
だが、襲われた者まで不可視になる事は、結界を使わないとできない。
多分、珍しく君の言うとおりだ」
「珍しくって、どういうこった」
菊之助が渋い顔になるが、段田は涼しげに冷笑を浮かべるのだった。
「君にしてはなかなかの考察だと言っているのだよ。
だが、黒煙の男はさておき、百舌が妙に後ろ髪を引くな」
「うーん、なんだか癪に障るけど、まあいいや。
何か、怪しい点でもあったか?」
「黒煙の男と百舌は、どう考えても同一のものとは思えないのさ。
……現時点、神隠しに無関係な私には」
段田が諦めたように脱力した。
「指をくわえているしか術はないねえ」