月と太陽
「ここに来る前は、どこに住んでたの?」

地下鉄の走る音に掻き消されそうになるタケルの声を必死に聞き取った。

わたしは、彼に聞こえるように「東京」と答えた。

「なんで東京から北海道に引っ越して来たんだ?転勤とか?」

「ううん、うち母子家庭なの。まぁ、複雑な事情があってね」

「嫌じゃなければ話してくれないか?」

そう言ったのは、タケルが初めてだった。

大体の人は、「複雑」と聞けばそれ以上は聞こうとしない。

「母親の恋人がこっちの人でね、そばに引っ越したいって言われたの」

「元々、遠距離恋愛だったの?」

「んー…、ネットで知り合った人みたいで、こっちに引っ越して来て初めて会ったみたい。恥ずかしい話よね、自分の母親ながらにそう思う」

ガラスに映る自分の姿に目をやった。

わたしは母親似だ。

母親似の容姿が嫌で仕方なかった。

自分もあんな風になってしまうのではないかと、不安だったのだ。

「わたしは、自分の子を放置してまで女になりたくない…」

自然とそう呟いていた。
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