ナイチンゲール誓詞
「点滴を交換させてくださいね」
小さく、お願いしますと言う声に、昼間とは違う響きを感じる。
「眠れないですか?」
『昼間、寝過ぎたのよね』
日勤からの申し送りでは、寝ていたという記録はなかった。
車イスで外来ロビーに行き、文庫本を読んでいたはず。
「ずいぶんとたくさん、本を持ってきてるんですね」
彼女は、ふふっと小さく笑った。
『買った本は全部お気に入りなの』
点滴の落ちるスピードを調節しながら、続きを聞く。
『最期に、もう一回全部読んでおきたくて』
彼女は静かに言った。
――― 最期に、と。
「全部読んでいたら、50年くらいかかりますね」
わたしの言葉は、彼女に届いただろうか。
『ミステリの途中では、死ねないわね。ラストが気になって成仏できないものね。』
「仏教徒でしたか」
患者情報の信仰の欄を思い出しながら尋ねると、また小さく笑った。
『いいえ』
やっぱり、と二人で笑う。
夜の廊下に響かないよう、小さく、小さく。
小さく、お願いしますと言う声に、昼間とは違う響きを感じる。
「眠れないですか?」
『昼間、寝過ぎたのよね』
日勤からの申し送りでは、寝ていたという記録はなかった。
車イスで外来ロビーに行き、文庫本を読んでいたはず。
「ずいぶんとたくさん、本を持ってきてるんですね」
彼女は、ふふっと小さく笑った。
『買った本は全部お気に入りなの』
点滴の落ちるスピードを調節しながら、続きを聞く。
『最期に、もう一回全部読んでおきたくて』
彼女は静かに言った。
――― 最期に、と。
「全部読んでいたら、50年くらいかかりますね」
わたしの言葉は、彼女に届いただろうか。
『ミステリの途中では、死ねないわね。ラストが気になって成仏できないものね。』
「仏教徒でしたか」
患者情報の信仰の欄を思い出しながら尋ねると、また小さく笑った。
『いいえ』
やっぱり、と二人で笑う。
夜の廊下に響かないよう、小さく、小さく。