黄色い線の内側までお下がりください
大梯の様子がおかしくなり始めたのも丁度このくらいの時期からだった。
頭や腸が痛いと頻繁に言うようになり、大学も休みがちになった。
食欲もなくなり体もじょじょに細くなって行った。
心配した富多子は病院に行くことを強く進めた。
頭痛の原因は、精神的なものからくるか、もしくは外的要因からくるのか、調べてみなければ分からないからだ。
しかし、いつも行っている病院に行くためには電車に乗らなければならない。
ということは、必然的にあの駅を通るということだ。
「タクシーで行こう」
「はは。富多子ちゃん、そんなにしなくても大丈夫だよ。ちゃんと電車に乗れる」
「そうじゃなくて」
「...このまえのこと覚えてる?」
大梯の言うこのまえとは白装束のあざみが電車に撥ね飛ばされた時のことだ。
もちろん忘れるわけがない。
むしろその逆で、鮮明に記憶している。
「富多子ちゃんあのきからなんかおかしいよ。電車が通りすぎたとき、腰抜かしたでしょ? 何があったの? 何かあるよね? どう?」
富多子は、あの日見たことを何一つ話していない。
何も聞いてこないのでうやむやにしていたが、毎日のように電車に乗るのを嫌がればそれは誰でも気になるところだろう。