黄色い線の内側までお下がりください

 物が落ちる音がベランダから聞こえ、桜はベッドから飛び起きた。

 猫はじっとベランダを見ている。

 レースのカーテン越しに見える外は真っ暗だ。

 桜は猫を振り返るが猫は未だにベランダに目を向けたまま、体を硬くして動こうとしない。

 一人じゃ怖いので、猫を抱き抱えて一緒に連れて行こうと猫に一歩近づいたとたん、猫は踵を返し、桜の手の間をするりとすり抜けて、台所のシンクの上へと飛び乗った。



 後ろに何かがいる気配がする。



 何か不気味で気持ちの悪く怖いものだ。寒気が走る。



 振り返ることが出来ず、ただただ動きを止めて息を飲むしかない。


 どろりとした脂汗が体中から流れてきた。足の裏や手のひらにまで汗が滴ってきて、むず痒い、そんな気分になる。



 エアコンが効いている部屋なのに、今はとても蒸し暑い。



 頭皮から流れ落ちる汗はこめかみを通り、ゆっくりと頬をつたい、首元を舐めるようにくすぐり胸の谷間へと流れて行く。


 猫は台所の窓の隙間からするりとすり抜け外へ逃げてしまった。

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