黄色い線の内側までお下がりください
【シ】

【シ】 富多子


「ほらね。やっぱり来たでしょ。あなたは絶対ここに来ると思った」

「......はい」

 あざみは優しく富多子の手を取り、顔を覗き込んだ。

 富多子はこの前会った時よりも痩せこけ、目は落ちくぼみ、血色は悪く顔は土色とほぼ同じだった。テニス部ということが信じられない程の姿に変わっていた。

 あれからさらにエスカレートしたいじめはとうとう富多子を追い詰めた。

「で、決めたの?」

「はい」

「分かった。それは誰?」

「宮前......タイラさんです」

 その名前を聞いてあざみの動きが止まる。

「その名前には聞き覚えがあるわね」

 顔を上げた富多子はあざみの顔をじっと見て、次の言葉を待った。

 あざみは首を左右に振り、不気味に瞬きを早めた。


「知ってるんですか?」

「たぶん...知ってる。忘れちゃいけない人だと...思うから」

 相変わらず何を言っているのか分からないと富多子は思ったが、深くは聞かないことにした。

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