黄色い線の内側までお下がりください
軽快に階段を上ってくるハイヒールの音が聞こえる。
富多子は背筋を伸ばし、膝の上に乗せている鞄をぎゅっと掴む。
緊張が体中を走る。
ハイヒールの音はどんどん大きくなり、楽しむような音色を奏でる。
富多子の心の中は限界で、苦しい悲鳴を上げている。
頭が見えた。
富多子は思わず立ち上がり、今からこっちへ来る人物を心の中では『来ないでくれ』と願う。
その願いは空しいものに変わるのを分かってはいるが、願う。
顔が見えた。
サングラスをしてはいるが、誰だか分かる。
宮前タイラだ。
真っ白いワンピースにグリーンのハイヒールは夏によく映える。
にっこりと笑いながら綺麗に巻いた髪の毛を揺らしながら富多子の所へと歩いてくる。
ほんの少しの距離なんだけど、富多子にはそれがとてつも長い距離に思えてならない。
笑っている口元は輝いていた。
サングラスで目は見えないが、意地悪に光っているのも手に取るように分かった。