黄色い線の内側までお下がりください

「こんにちは」

 宮前タイラは何事もなかったように、にこやかに挨拶した。

「......こんにち......は」
                                 
 小さな声は周りの雑踏に揉み消された。

「はい? 何て言った? 聞こえない」

 髪を耳にかけて耳を出し、意地悪な笑みを口元に浮かべている。
                                  
 富多子はびくりとし、少しだけ大きな声でもう一度挨拶をした。

 タイラは鼻で笑うとベンチに雑に腰をかけ、持っているポーチからタバコを取りだした。

「で、なんでこんなとこに呼び出すわけ? お金の用意が出来たってことなら何もこんなところでなくてもいいでしょう? この暑い中来たんだから、さっさとして」

 横で立ちすくんでいる富多子に向けて煙をかける。

 富多子は顔を少しだけしかめるが、そこから動かない。動けない。

「...もう、止めて下さい。私別に何もしていませんし、だから、学校の友達にもそういったことを言うのは......」

「友達なんていた?」

 くすくすと肩を揺らして笑う。

「お願いしますタイラさん」

 頭を下げた。

「私忙しいから、はい、用立てできたならさっさと出して」

 タバコを足下に投げ捨て、ヒールでタバコを擦り潰した。

 タバコの中身の茶色い葉っぱが灰色の地面にぶしゅりと撫でつけられた。
                  
 綺麗な白い手をぬっと富多子の方へ伸ばし、手のひらを富多子に見せて2、3度上下に揺らし、催促した。





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