黄色い線の内側までお下がりください
宮前タイラは富多子の方に顔を向けるが、
未だその場に立ちすくみ、鞄を抱えたまま下を向き続けている。
あざみの方に目を向けたとき、やはり彼女はそこにいなかった。
宮前タイラが見たものは......
線路、枕木の間に不自然に咲いた真っ青な紫陽花が一つ、
風が吹いているのに揺れ動くことなく、そこにじっと咲き続けていた。
アナウンスが入る。
快速列車が通過しますのでご注意下さい。
宮前タイラはすっと立ち上がり、一歩一歩前へ歩く。
彼女は首を振り、嫌だ......嫌だ......と言葉を口に出そうとするが、口から声が出ることはなく、動かすことすらも出来ない。
叫びたいが無情にも声は出てこない。心の中、いや頭の中で叫んでいても決して外には聞えない。
力を込めて勝手に動く体を止めようとするが、足はどんどん黄色い線の方へと吸い寄せられていく。
富多子は下を向いたまま動かない。
遠くから電車がホームにせまる音が耳に入ってくる。
電車が目視で確認できるようになると、さらに恐怖に支配される。見える恐怖というのは見えない恐怖になんて比べようもないほどに恐ろしい。