黄色い線の内側までお下がりください


 アナウンスが入る。



 _黄色い線の内側までお下がり下さい_ 




 あざみは無意識に電車が入ってくる方に顔を向ける。

 まだ来ていない。


「もうやだ、帰る!」

 どいて! と目の前にいるタイラの間をすり抜けようとするが、タイラがそれを許さない。

「タイラちゃんお願いやめて! それにタイラちゃんは関係ないじゃん! なんでこんなことするの!」



 ふりほどこうと腕に力を込めた。




 その反動で持っていたバッグが線路の方に放り投げられた。


「「あ」」


 同時に声が出て、3人の動きがぴたりと止まった。

 弧を描くようにバッグは綺麗に宙を泳ぎ、線路の真ん中に落ちた。



「うそ。どうしよう」



 バッグは用賀と初めてデートした時にプレゼントしてくれた大切なものだ。

 壊したくない。

 失いたくなかった。

 取りに降りたいけど、降りられない。怖い。

 駅員さんを探したが、どこにも見当たらない。



 電車はまだ入ってこない。

 降りて取りに行くか?

 行けるのか?

 できるのか?
                                                                       
                           


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