黄色い線の内側までお下がりください

 既に電車がホームに入ってきていて、ブレーキをかける金属音とそのときに電車に押されて届く風、けたたましい警笛の雨があざみに降りかかる。


 手を伸ばしている誰だかわからない人たちがホーム上から叫ぶ。


 桜とタイラは後ろの方、ベンチの辺りまで下がり、口元に手を当てて目を恐怖に見開いていた。




 助けてくれるって、引き上げてくれるって、言ったのに...

 助けてくれるって言ったのに...、



「助けてくれくれるって...」



 遠くにいる二人の姿を見て、怒りと悲しみが入り交じったなんともいえない気持ちになる。

 心が鈍く痛む。

 うっとうしいくらいに警笛が鳴らされ、後ずさり、線路に靴が当たった。

 そこから電車が走る震動が伝わり脳天に駆け抜けた。


 既に紫陽花は、無い。


 左右を見回して探したが、花びらひとつ残っていない。

 錯覚か。

 ホームに向かって足を踏み出したところで動けなくなった。




 息を飲んだ。


 1歩も動けない。


 ホームに上がれない。




 そこまで、たどり着けない。


    
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