黄色い線の内側までお下がりください
雨が降りそうだ。
空はグレー一色、遠くの方の空は既に黒くなっていて、うっすらと雷の鳴る音も聞こえていた。
駅には相変わらず誰も居ない。
音を立てて階段を上がり、ホームに立つ。
ポーチ一つでここに来た。用事は一つだけだ。
その中には昨日部屋でみつけた赤いハート形の小物入れ一つ。
「こんなもん」
右手にその小物入れを握りしめ、ポーチは力任せに足下に投げつけた。
ホームの一番先にあるベンチまで歩く。
人一人いないホームは、不気味だ。
姿の見えない虫が切なげに鳴く音と、車が通りすぎるタイヤ音しか今のところ聞こえない。
無風。
雨が降りそうだというのに、風はぴたりと止んでいる。