黄色い線の内側までお下がりください

「あざみ」

 名前を呼ぶとベンチから立ち上がり、あざみの方を向く。


 誰にも気付かれないように口元に笑みを作り、富多子は1歩下がって下を向く。




「これ、返しに来た」




 右手に握りしめた小物入れを目の前に差し出した。



「あんたが探してるもの」



 蓋を開けて、中身を取りだす。


「ほら」


 親指と人指し指でそれを掴み、あざみの方へ向けた。




 いない。

 ホームの先にいたはずのあざみがどこにもいなくなっている。




 恐怖よりも怒りが勝っていた。

 腹の奥がぐっと熱くなる。



「本当だ。ここにあった」


 突然耳元から声が聞こえ、咄嗟に体を反対側に避ける。

 右側、自分の右側にべったりとあざみがはりついていて、気味の悪い笑みを浮かべながら桜の耳元を見続けていた。




                                                                              
                                 
< 67 / 163 >

この作品をシェア

pagetop