黄色い線の内側までお下がりください
「あざみ」
名前を呼ぶとベンチから立ち上がり、あざみの方を向く。
誰にも気付かれないように口元に笑みを作り、富多子は1歩下がって下を向く。
「これ、返しに来た」
右手に握りしめた小物入れを目の前に差し出した。
「あんたが探してるもの」
蓋を開けて、中身を取りだす。
「ほら」
親指と人指し指でそれを掴み、あざみの方へ向けた。
いない。
ホームの先にいたはずのあざみがどこにもいなくなっている。
恐怖よりも怒りが勝っていた。
腹の奥がぐっと熱くなる。
「本当だ。ここにあった」
突然耳元から声が聞こえ、咄嗟に体を反対側に避ける。
右側、自分の右側にべったりとあざみがはりついていて、気味の悪い笑みを浮かべながら桜の耳元を見続けていた。