黄色い線の内側までお下がりください
「やだ、ちょっとそんなにびっくりしないでよ! 久しぶりすぎて友人の顔を忘れたなんて言うんじゃないでしょうね」
くすりと笑いながら冗談を言い、かわいらしい笑顔で桜の顔を覗き込んだ。
「あざみ...どうして...ここに? だってあんた...」
「ちょっと...用事があったからここに座ってたんだけど、そしたら桜ちゃんが降りるのが見えたから来てみたの。具合悪いの? 顔色悪いよ。大丈夫?」
「...用事って...」
「うーん、なんだったかなぁ。とても大事なことなんだけど、それが不思議なことにね、あまり思い出せないの」
「大事な.........こと?」
「そう。たぶんきっとそのうち分かると思うけど? 今は分からなくてもいいんじゃないかな。そんなかんじ。ねえ、どう思う?」
「......何......それ」
「具合は? どう? 脂汗?」
あざみの手を軽くふりほどき、ありがとう、もう大丈夫だからと言う桜の手元は震え、持っているペットボトルの水が揺れている。
「...外ももうだいぶ暑いからね、体にはまだまだ気を付けていてよ。じゃ、あたし、たぶん人を待たせてるから先に行くね」
桜の背中をぽんと叩くと、立ち上がり、桜の目の前を横切った。
人を待たせている?
話と違うと思うが、言葉がでてこない。
ペットボトルは地面落ち、急いで拾い上げて立ち上がり、あざみの通った方に目をやったが、そこには酔っ払ってふらついているサラリーマンの姿があるだけだった。
既に階段を駆け下りて行ってしまったのか。あざみの姿はどこにも見当たらなかった。
桜は身震いをしてバッグを胸の前でぎゅっと抱き締めた。