黄色い線の内側までお下がりください
「でもね、私たちはこの線からそっちには行けないの」
「・・・あんた、だって」
あざみはいつの間にか線路の真ん中に立っていて、
一心不乱に手を伸ばす無数の黒い人の影の後ろでまっすぐに、
ただ、まっすぐに立って、
感情の無い目で桜を見ていた。
うなり声が聞こえる。
目の前に広がる光景に気持ちが悪くなる。
今まで誰もいなかったホーム上には、
サラリーマンやOL、学生や主婦などが忙しなく無表情で行き来をし、暗黙の流れができていた。
そのホーム上を歩く人の足を掴んで引きずり込もうとする真っ黒いモノが、
音を立ててホームぎりぎり端のところを叩いている。
まるで、こっちに気付け。こっちに落ちて来いとでも言うように。
時間通りに電車が入ってくるというアナウンスが響く。
「こっちにおいでよ」
「やだ・・・行きたくない」
「・・・そうだね、私もそう思ったよ」
「だからっ、ごめんあざみ、本当にごめん!」
「ダメだよ遅い。許さない。ううん、許せない」
「無理だってば。それに、私だって本気で言ったわけじゃないしっ! 私関係ないしっ!」
「大丈夫。そんなこともう気にもしてないから」
「だったら」
「あなただけ一人そこに残っているのは、許せない。だからこっちに来て。みんないるよ。みんな待ってる」
電車が駅に入る音が聞こえてきた。まだ遠いけれど、振動は耳から足元から伝わってくる。
生暖かい風がその辺一体を取り囲んだ。
舐めるような風は、気持ちが悪い。