恋はストロングスタイル


試合前日になった。


夕方、俺は道場の床に正座し、目をつぶって精神を統一していた。
冷たい道場の空気が、俺の感覚を研ぎすませてくれる。
やれるだけのことはやった。
あとは練習してきたことを戦いでぶつけるだけだ。


「お兄ちゃん」
かわいらしい声が道場に響いた。
入り口に、角田由美が立っていた。
「なんだ由美か、どうかしたのか」
由美は思いつめた顔つきで、とことこと歩み寄ってきた。
「お兄ちゃん、明日試合なんだって?」
「ああ」
「……なんで、そこまでするの?」
「なんでって?」
「師匠に聞いたよ。お兄ちゃん、南斗さんってひとと修行することを許してもらうために、試合をするって」
「ああ、そうだ」


由美は下を向き、少しの間黙ったあと、思いきったかのように顔をあげて聞いた。
「お兄ちゃん、その南斗さんってひとのこと、好きなの?」
「はあ!?」
思わず大声をあげてしまった。ひどく動揺してしまった。そんな自分に驚いた。


「だっておかしいよ。いくら一緒に修行したいからって、プロレスラーなんかと真剣勝負するなんて」
「プロレスラーなんかとか言うな。別に、南斗さんのことは、なんとも思ってねえよ」
「本当?」
由美は背伸びして顔を近付けてきた。
「あ、ああ」
「本当に本当に本当に本当?」
「……しつこいな。本当だよ。つーか、そんなに顔近付けんな」
おれは由美から目をそらした。


由美は少し声を低くして言った。
「明日ね。その南斗さんとの試合相手、……わたしがやることになったんだ」
「え?」
おれは驚いたが、しかしすぐに納得した。由美は、六歳の頃から、うちの道場で空手を習い続けていた。いまでは女子部の中でも抜き出るほどの実力を持っている。
「お兄ちゃん、前言ってたよね?南斗さんが強いから一緒に修行してるんだって」
「ああ」
「じゃあ、わたしが、その南斗さんに勝てば、南斗さんよりもわたしの方が強いって証明できれば、お兄ちゃん、わたしと一緒に修行してくれる?」
「…………」
「いいよね?いいに決まってるよね?お兄ちゃん、別に南斗さんのことなんかなんとも思ってないんでしょ?強いから一緒にいるってだけなんでしょ?だったらわたしの方が強かったら、わたしと一緒になってくれるんだよね!?」
「おい、なんか話がずれてないか?」
「えい!」
由美は突然おれの足に下段蹴りを食らわせた。そして一瞬バランスを崩したおれに勢いよく抱きつく。そのままおれは、由美に押し倒された。


< 38 / 77 >

この作品をシェア

pagetop