恋はストロングスタイル
興行が、始まった。
自分の出番がくるまで、おれは二階席から試合の様子を眺めていた。
やべえ。面白い。
親父には悪いが、おれは初めて見るプロレスに感動してしまった。
リング上で、でかい男が、でかい男をぶん投げる。ばちん、ばちんと人を殴る音が響きわたる。それには単純だが確かな迫力があった。
夢中になって見ているうちに、あっという間に時間がたった。
「おい、そろそろ準備するぞ」
親父がおれを呼びにきた。
控室で、道着に着替える。その瞬間、おれは空手家代々木健介になる。
相手の田山聡の実力は未知数だ。
資料はプロレスの映像しかなかった。
主に序盤の試合でそこそこの戦いをしている映像しか見ていない。真剣に戦って、どれほどの動きを見せるのかわからない。
それがいい。わからないから、面白い。
ストレッチ、軽くスパーリングなどをこなして、少し汗をかいた頃に、出番がきた。
まず俺が先に入場することになった。入場曲など用意していない。真剣勝負に、そんなくだらないものはいらない。無音の会場、リングへ向かう道をまっすぐ歩いてゆく。リングにあがった瞬間、観客からブーイングが響いた。まあ、プロレス好きからしたら、今日のおれは悪役なのだろう。
「帰れ」「プロレスなめんな」といったかんじのブーイングはしばらく続いた。
その時だ。
「うおおおおおおおおおああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!」
突然の雄叫びが、ブーイングを全て吹き飛ばした。同時に爆音でハードロックが響きわたった。対戦相手の入場曲。メタリカだ。
田山聡の入場である。
観客のブーイングが、歓喜の悲鳴に変わった。
「うおおおおおおおおおああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!」
雄叫びを終えると、黒いパンツにリングシューズといった姿の田山はリングに向かって走りだした。
客席から手を伸ばす何人もの客の手にタッチしていきながら、疾走する。
そして思いきりジャンプし、ロープを飛びこえてリングに降り立った。
なるほど。華がある。
素直に感心した。
田山は俺に向かって、びっと指をさしてみせた。観客は、また盛りあがった。
そのあと、由美と南斗さんがもうひとつのリングに入場した。
審判によるルール説明、ボディチェックを終え、おれと田山は、それぞれのコーナーに立った。
ゴングが鳴った。