受胎告知Fake of fate【アンビエンス エフェクト第二のマリア】
 俺はそのまま……
ずっと其処に居たいと思った。
でも現実は非情だ。
カーテン越しに、夜が明けてくるのが解る。
直に看護師による検温が始まるだろう。

俺は車椅子のブレーキを外してゆっくり動かし始めた。


「あ、喬君ちょっと待って。私看護師さんに頼んで、喬君と同じ時間にリハビリに行くようにしたいんだけど」


「えっ!?」

思いがけない言葉に俺は戸惑った。
嬉しいくせに、何て返事をしたら良いのかも解らずにいた。


「それともイヤ?」
俺が直ぐに返事をしなかったからなのか?
まことはちょっと拗ねたように言った。


「とんでもない」
俺は慌てて首を振った。




 二人はリハビリルームで会うことを約束した。
もっとも、看護師に許可を貰うことが第一関門なんだけど、俺は浮かれていた。

ルンルン気分で引き戸を開ける。
頭だけ廊下に出して見ると、一番奥の部屋に看護師が入って行くのが見えた。


「検温が始まったよ」
俺はまことにそう声を掛けてから廊下に出た。


やっと潜り込んだベッドの上で看護師が検温に来る時間を待った。
でも、そんな場合に限ってゆっくりと時間は流れる。

今日何度目かの目覚まし時計を見た。


(あぁ早く来て……)
俺は看護師を待ちながらまこととのリハビリを妄想していた。




 リハビリルームに二人で居たって別に何をする訳ではない。
理学療法士の立ち会いの元、様々な運動を試みるだけなのだ。

だから決して愛を育む時間何て無いんだ。
まことは幌の枠のアーチ型の棒で全身を強打した。
だから胸にはコルセットが巻かれている。

でも痛む箇所はそれだけではなかった。
まことは殆ど歩けなくなっていたのだった。


元々まことは身体が丈夫ではないらしい。
だから薬づけなのだ。

今まで、ありとあらゆる薬を試されと言う。


俺は不意に、母の言葉を思い出した。


『だけど教団が放すはずがないわ。だってあの子は教団の宝だから』


『宝?』


『そう、宝』
母はそう言いながらも暗い顔をしていた。

それがどんな意味を持つのか、母の真意が何処にあるのかさえも解らないが、まことにとっては辛いことなのだろうと思った。




< 69 / 147 >

この作品をシェア

pagetop