初恋の、人
今更なこと
「ゆっくりでいいよ」

と彼が言う。
アンドロイドでフリックを打つ手が震えている。
緊張しているのだろうか?

言っても、いい事?
言わないほうが、いい事?

でも、もう止まらないから。


「ずっと、いつも、永遠の初恋の人なんだよ。あなたは。」

「おやおや、光栄だ!」

「本当に」





「うん」


どうしてあの時、彼が私を大事に思っていることを伝えてくれていたあの時に、私は、気がつかなかったんだろう?

ちがう、そうじゃない。本当は気がついていたのに。もしかしたらと思ったのに。

私は自信がなかったのだ。彼と一生を添い遂げていこうとする覚悟が自分にあるのかどうか。そして、彼からそんな風に想ってもらうことにも。

「どうしてあの時、って思う」
「あの時って?」
「いろんなあの時。たとえば」
「たとえば?」

たとえば、夜通しお酒を飲んだ後で、朝方の御茶ノ水から上野の方向へ歩き始めた足元が揺れて二人で微笑みあったあの瞬間に。

たとえば、高層ビルの下から見上げたシティホテルの窓の灯りをひとつひとつ追いながら、あの部屋のどこかにいつか泊まろう、とあなたが言ったあの時に。
たとえば、薔薇の花が咲き誇るアーチの門の白い家の前で立ち止まった私をあなたが横から見つめて言った「こんなお家に住みたいの?」

たとえば、お酒を飲んで帰る途中であなたが私に訊いたのは、あなたが住もうと思っている町から、私の職場までは遠いのか。


あなたが本当に言いたかった事を、私は気がつかないような顔で、勘違いしてないって言い聞かせるみたいに曖昧な答えをした。


たとえば、あの時・・・

たとえば、あの時も・・・

そう、あの時も、あの時も、あの時も。



震える手をぐっぱ、ぐっぱ、と開いたり閉じたりしながら、たどたどしく打つたびに、彼が静かに

「うん」

「そうだったね」

と答えてくれるたびに、私はいつもその優しさに甘えていたのだと気づく。
もう、遅いのに。



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