日々是淡々と‥
沙耶は由香里の前に立つと、
面倒くさそうに言った。

「なんでしょうかぁ‥。」

ふてくされた様子で、朝から
一生懸命セットしてきたので
あろう巻き髪を触っている。

「あのね、この605号室の
田中様のローン書類どうなって
いるの?
引渡しは来週だよねぇ?
手続きは済んだ?」

「‥っていうか、お客がこっちの言う
必要書類を送ってくれないから‥。」

「送ってくれないって、ちゃんと
催促したの?何回も電話した?」

「はい。」

「ちゃんと、話はしたの?」
 
「留守電に入れました。」
 
「留守電って‥。直接話した?」

「いつも留守電になってるからぁ‥。」

「だったら、職場やご自宅に違う
時間に電話したり、手紙を送ったり
してみた?」

「はい、一応やりました。」

「一応って‥。」

『暖簾に腕押し』とはまさに
このことである。

引渡しが来週に迫っているマンションの
ローンがまだ確定していないのである。

これは一大事なのだ。
なのに、沙耶ときたら事の重大性を
わかっているのか、いないのか
その態度からは反省の色どころか
焦りさえ微塵も感じられない。

この時点で既にくらくらしているのに、
それでも懸命に冷静を装っているのは、
山野由香里(44歳)、中堅不動産会社の
営業管理部部長である。

その由香里をいつも悩ませているのが、
田村沙耶(28歳)、ローン課の主任だ。

沙耶は別に頭が悪いわけではない。
仕事をしたくない風でもない。

いや、むしろ本人に言わせると、

『仕事はバリバリしたい!』

のだ、そうだ。

 それが、由香里には全く理解できない。
悪ぶれる様子もなく沙耶は言い放った。
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