日々是淡々と‥
しかし、何食わぬ顔でプイッと
横を向くとバッグから手鏡と
リップクリームを取り出し
丁寧に塗り始めた。

 おそらく其の様子を見るに
見かねたのであろう、
一人の中年女性がわざと
彼らのシートに割り込んで
座った。

 すると、不思議な事に一番
端にいた妻は隣に割り込んで
座られたにもかかわらず
頑として動こうとしない。

少し夫の方に身体を寄せれば
全員充分に座れるはずなのに
‥である。

 隣に座った中年おばさんの
せいでかなり無理な姿勢に
なっているのに、夫の方には
決して寄っていかない。

 そして、もっと不思議なのは
別に喧嘩をしている風ではない
ことだった。

 二人は普通に会話をしている。

なのに、夫婦の間に微妙な隙間を
空けたまま、不自然な体勢で
周りの混雑など気にも留めずに
平然としているのである。

 典子は段々可笑しくなってきた。

『な、なんだろう‥
あの微妙な隙間‥。』

典子が雄介と出かける場合には
考えられない微妙な隙間だった。

 残念ながら、その家族が先に
電車を降りたのでそれ以上観察
することはできなかったが、
それはとても興味深い光景だった。
 
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