意地悪な彼が指輪をくれる理由

瑛士はMR。彼女は医師。

つまり、瑛士は営業マンで、彼女はお客さんだ。

この業界では、自分のところに来る同世代の営業マンを、親しみを込めて名前で呼ぶ風習があるのだろうか。

「由香里の担当だったのか」

瑛士も妙に落ち着いた声で、彼女の名を呼んだ。

そしてゆっくりと私から離れる。

営業マンが、お客さんである医師を名前で呼ぶこともあるのだろうか。

……あるわけがない。

「そうよ。私の患者に手を出さないでもらえる?」

「症状が悪化するような真似はしてないよ」

「さっきの体勢を見てそれを信じろって言うの?」

「ちょっとじゃれてただけじゃんか」

「患者のベッドに入り込もうとするなんて、いつからそんなに見境がなくなったのかしら」

「誰彼かまわずやってるわけじゃない」

女医は白衣のポケットに両手を突っ込んでふんぞり返り、薄笑いを浮かべている。

瑛士はそれに対抗するように腕を組み、彼女と似たような表情をした。

二人の絶妙な距離感。

そして独特の棘を含んだ口調。

視線の合わせ方、逸らし方。

醸し出している雰囲気全てが物語っている。

二人は以前、付き合っていたのだと。

< 128 / 225 >

この作品をシェア

pagetop