意地悪な彼が指輪をくれる理由
瑛士はMR。彼女は医師。
つまり、瑛士は営業マンで、彼女はお客さんだ。
この業界では、自分のところに来る同世代の営業マンを、親しみを込めて名前で呼ぶ風習があるのだろうか。
「由香里の担当だったのか」
瑛士も妙に落ち着いた声で、彼女の名を呼んだ。
そしてゆっくりと私から離れる。
営業マンが、お客さんである医師を名前で呼ぶこともあるのだろうか。
……あるわけがない。
「そうよ。私の患者に手を出さないでもらえる?」
「症状が悪化するような真似はしてないよ」
「さっきの体勢を見てそれを信じろって言うの?」
「ちょっとじゃれてただけじゃんか」
「患者のベッドに入り込もうとするなんて、いつからそんなに見境がなくなったのかしら」
「誰彼かまわずやってるわけじゃない」
女医は白衣のポケットに両手を突っ込んでふんぞり返り、薄笑いを浮かべている。
瑛士はそれに対抗するように腕を組み、彼女と似たような表情をした。
二人の絶妙な距離感。
そして独特の棘を含んだ口調。
視線の合わせ方、逸らし方。
醸し出している雰囲気全てが物語っている。
二人は以前、付き合っていたのだと。