意地悪な彼が指輪をくれる理由
「瑛士」
私が呼ぶと、瑛士はハッとして私を見る。
眉は軽くつり上がっているのに、瞳には不安と哀愁を含んでいる。
何とも言えない複雑な顔だったが、私には助けを求めているように見えた。
「診察だから、出てくれる?」
「え? あ、ああ。わかった」
慌ててカバンを掴み、引っ張り上げる。
その勢いで、近くに置いておいた私のバッグが床に落ちてしまった。
パサッと地味な音がして、中に入れていたものがいくつか散らばる。
クールな顔をして平然を装ってはいるけれど、動揺は荒っぽい動作に現れてしまった。
「ごめん」
機内モードの携帯電話、目薬、そしてキーケース。
それぞれ瑛士が拾い上げ、バッグに収めていく。
そして気まずさを埋めるように、いつもの意地悪が発動する。
「お前さ、キーケース使うならもっと鍵つけろよ。6連もあるのに鍵1個しかついてないじゃん」
発動したから、私も「相方スイッチ」をオンにせねばならない。
「うるさいな。つける鍵がないのよ」
「だったらなんでキーケースなんか使ってんだよだっせーな。1個ならキーホルダーで十分だろ」
「別に私の勝手でしょ? いいからさっさと出てけ、バカ瑛士!」
「はいはい、わかったよ。じゃーな」
瑛士は口元で笑い、女医の横をすり抜けて仕事へと戻ってゆく。
私たちは、上手く漫才できただろうか。
彼の動揺も、私のショックも、先生には悟られたくない。
瑛士を振ったこの女には、悟られたくない。