意地悪な彼が指輪をくれる理由
ドアノブを掴み、回す。
力を込めて前へ押すと、光と新鮮な空気、そして町の音がほぼ同時に入り込んでくる。
台風明けの朝は、セミがうるさいらしい。
「なあ」
外の世界へ飛び出そうとした私を、瑛士の声が引き止める。
振り向くと、瑛士は妙に不安げな顔をしている。
「チューしたい」
そして許可を取るでもなく、私の腕を引いてキスをした。
引いた勢いに任せ、少し乱暴に抱き締められる。
いつもの瑛士とは違う、すがるようなキスだった。
「どうしたの、急に」
「うん、ちょっと」
「なによ。寂しいの?」
「ああ、そうかも」
認めないでよ。
帰りたくなくなっちゃう。
だけど私たち、傷の舐め合いは十分にやってきた。
もう寂しさを埋め合うのがベストだとは言えない。
互いに依存するのなら悪くないけれど、私一人が好きなのであれば辛いだけだ。
瑛士の腕を解こうと彼の胸に手を掛けたとき。
「真奈美にまだ言ってないことがある」
耳元で囁かれ、私は一度動きを停止した。
「なに?」
瑛士は数秒ためらって、
「次の打ち合わせに、兄貴が来る」
小さな声でこう告げたのだった。