意地悪な彼が指輪をくれる理由
木元はいつものように無表情のまま黒いカバーの手帳を開いた。
クールビズ開始によりネクタイのなくなった細い首元に、そこそこ立派な喉仏が見える。
「まずは本部からの報告です。横浜店は先月の目標をクリアしましたので、夏の撤退はなくなりました。良かったですね」
その報告に、私と祐子さんは歓喜の声を上げる。
「ありがとうございます!」
その喜びを無視するように、木元は続ける。
「しかしながら、横浜店が閉店候補から外れたわけではありません」
「うっ……」
やっぱり、ひと月目標をクリアした程度では逃れられないか。
私たちも一度の結果でそこまでの躍進を期待していたわけではない。
期待しているのは、いつもは冷徹に私たちを締め上げる彼が、「デレる」ことなのだ。
私と祐子さんの期待は最高潮だった。
木元は手帳を閉じ、いったんメガネを上げた。
そして。
「目標を達成したからと言って、いつまでそんなしまりのない顔をするおつもりですか」
「……え?」
「一度達成したくらいで浮かれてもらっては困ります。もっと危機感を持ってください。危機感を。秋冬でどうなるかわからないんですからね」
「はっ、はいっ!」
結局、木元マネージャーはデレなかった。
生意気でドSなままだった。