意地悪な彼が指輪をくれる理由
「安いやつで良いし。あ、真奈美が好きなのがあればそれでも良いし」
「近いんだから自分で買いに行けば?」
「だって真奈美、これから来るんだろ?」
「行くけど」
「ついでだからいいじゃん。使うかもしれないよ」
「使わない。私、今日は使わない」
「えーっ?」
私は結局、雨の中5箱入りのボックスティッシュを買って瑛士の部屋へと訪れた。
チャイムを鳴らすと3秒待たずに扉が開く。
「お疲れ。いやいや、助かったよ。さっき鼻かんだらなくなっちゃってさーははは」
のんきに笑う瑛士の顔を見た瞬間、ホッとした。
だけど同時に胸が苦しくなった。
雨の中パシリに使われた文句をたくさん言ってやろうと思っていたのに、言葉は何も出て行かない。
足も前に進まない。
私は扉の枠の外側から動けなくなってしまった。
そして急に視界が滲み出したから、私は慌てて下を向いた。
私、一体どうしたんだろう。
「……真奈美?」
私の異変に、まだ仕事着のままの瑛士が声のトーンを落とす。
「何でもない。はい、ティッシュ」
押し付けると、すぐに私の手から放れ、瑛士によって室内へと放られる。
「とにかく、入れよ」
手を引かれ、玄関へ。
それでもまだ顔は上げられなかった。