意地悪な彼が指輪をくれる理由

Mビル、1階。

平日の昼間は人がまばらで、うちのようなマイナーなブランドに限って言えば、1時間のうちに一人も来客がないこともある。

「いらっしゃいませ。どうぞご覧くださいませ」

通りすがる人を見つけては声をかけてみるが、足を止めてもらえないことの方が多い。

いつだったか生意気ドSマネージャーが言っていた。

「売り上げはダイヤの質ではなく、販売員の質で決まるんですよ」

この仕事を始めて約3年。

私の販売員としての質は、これっぽっちのものなのか。

書き込みの発覚以来、今まで以上に頑張ってはいるものの、やはり売り上げは思うように伸びない。

ブライダル関係の指輪を見に来るお客様は減った気がするけれど、それ以外をお求めのお客様が減ったわけではない。

売り上げを伸ばせないのは、決して書き込みのせいではないのだ。

「向いてないのかな……」

ぽつり呟いても虚しい。

自業自得とはいえ、あの時の傷はまだ癒えていないのだ。

「こんにちは」

左の方から聞き覚えのある声がした。

常連客の渡辺さんだ。

「いらっしゃいませ。お久しぶりです」

「やっと来れたー。本当はバーゲン中に来たかったのよ」

キャリアウーマンの彼女は、私と同い年だということもあってか、私をひいきにしてくれている。

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