イキリョウ
結婚して1年も経たない頃、卓の転勤が決まった。子どもがいなかったのでついていく予定だったけれど、転勤先が大阪なのは少し気になった。でも、加奈子はもう退社していたし、卓が白木と同じ部署になるわけではないのであまり気にすることもないかな、と言い聞かせた。買ったばかりのマンションを賃貸で貸そうと手続きをしていたが、なかなか借主は現れない。それでもとにかくダンボールに新居の雑貨を少しずつ詰め込みながら、加奈子の心は揺れていた。
そんな頃、加奈子は妊娠した事に気付いた。3ヶ月、月のものがない。市販の検査薬で検査した。「やっぱり」だった。実は嬉しいというよりも不安だった。子どもを産んで育てるということが自分にとって現実になるような気がしなかった。とにかく直ぐに近所のレディースクリニックへ行った。「おめでたです」という言葉を期待していたのに、「妊娠を継続しますか?」と言われてとても驚いた。一瞬答えられなかった。何を聞かれたのだろうかと思った。結婚している自分が子供を妊娠したらしいとクリニックに来て「継続しますか?」ってなんだ、それは。それは、加奈子の不安を見てとった言葉だったのだろうか。それとも誰にでもそう言うものなのか。加奈子はやはり単純な喜びを感じることが出来ずになにか心の中に煮凝っている想いを抱いていた。