イキリョウ

茶碗蒸しを蒸していた鍋の火を止めて、加奈子はもう一度掛け時計を見る。カウンターに置いた携帯電話を確認する。湯気で温まった部屋。家庭らしい部屋のガラスの曇り具合を見つめる。外はもうとっくに暗い。窓ガラスに部屋の灯りが映っていた。

卓の箱は今日の午前中に届いて寝室と小さな物置のような書斎に分けて入れた。分かる物だけ片付けておくよ、と言ってあったので、小さな書斎に入れた手前の箱から開けて適当に本棚に入れたり棚に片付けたり洋服ダンスに入れたりする。男の一人所帯なんて直ぐに終わるものだ。もうあと二箱、三箱残したところで、加奈子の手は止まった。箱を開けたときに、思わぬ香りがしたからだった。

この香りをよく知っている・・・

なんだっけ?この香り・・・。どこかで・・・・。

夕闇が少しずつ部屋に沈んでくる。中途半端にしたダンボールを置き去りにして、加奈子はテレビを観ていた。いつしかダンボールの香りのことを忘れて食事の支度を始めたのだが、今ふとまたそのことを思い出した。スリッパの音を立てて廊下の突き当たりの狭小な書斎のドアを開けると、細くたなびくようにあの香りがした。

ダンボールを開ける。そこには、目覚まし時計、灰皿、文庫本が数冊、それから、バスタオルと、フェイスタオルが入っていた。洗濯しようとタオルをドアの方に放ると、ごとごとん、と何かが転がる音がした。タオルに包んであったボトルが落ちたのだった。

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