四竜帝の大陸【赤の大陸編】
第十三話
「ご、ごめんなさいハクちゃん!」
私ったら……やってしまったぁあああ!
ハクが扉の前でうろうろして待っていると、赤の竜帝さんが言っていたのに!
「痛かったでしょう!? ごめんね、ごめんなさいハクちゃ……ハク?」
鋭い爪を持つ四本指の手も可愛らしいぽっこりとしたお腹も、小刻みに震えて……。
「りこ。……ごめんなさい、なの、だ」
小さな手で自分の顔を覆ったまま、ハクは言った。
竜体のハクに耳から聞こえる音としての『声』は無いから、念話として彼の言葉が私の頭の中に届く。
「なんで貴方が謝るの? 今のは私の不注意だから……ハク?」
床に背をつけて倒れている小さな竜の傍に膝をつき、脇に手を入れ目線が同じ高さになるよう抱き上げをると、ハクの尾がくるりと内側に巻かれた。
「……我はごめんなさい、なのだ」
顔を両手で隠したまま、再度謝罪をする彼。
彼が、ハクが謝っているのは……。
「なんで謝るの? ハクは私を迎えに来てくれたでしょう? 助けに来てくれたでしょう? 今回のことで、貴方が謝ることなんてなっ……ハクちゃん?」
私の右腕に、するりと何かが巻きつく。
見ると、ハクの尾だった。
さっきまでくるりと内側に丸まっていた尾が、私の腕に……。
「ハク?」
真珠色の鱗に覆われた尾が。
滑らかな動きで、私の腕を絡めとる。
「……りこ」
顔を隠していたハクの手が、指が。
ゆっくりと動き、黄金の瞳が露わになり。
四本の指を持つ小さな手が。
私へと、伸ばされる。
「りこ。我のりこ」
真珠色の鋭い爪を気にしてか。
「<赤>がなぜここで待っていたのか、りことて分かっておるだろう? あれは我が再び・・りこを傷つけることを危惧し、りこを貪ろうとする我を抑える『道具』として自分自身を使ったのだ」
その手は私の頬に、触れる直前で。
「我が他の者を壊すのを、りこは喜ばない。皆、それを知っているゆえ……」
ぎゅっと、握られて。
「そうだ。知っているのだ、皆。四竜帝は……竜族も人間も。我のこの手が、我が」
まん丸に、なった。
「我のこの手が。我という存在ものは“守るもの”ではなく“壊すもの”なのだと、本能で知っているのだ」
いまだに貴方は、その小さな手を握りこむ……。
鱗に覆われた四本指の手は、私のこの手の中に収まるほど小さく可愛らしいのに。
その可愛らしい手が、私はこんなにも愛おしい。
「……この手が、“壊す手”だっていうの? そんなこと……そんなこないよ?」
丸められた手が、私の頬に触れて。
彼の震えが、肌から伝わってくる。
「私はハクのこの手が、大好き。小さくて、可愛くて、綺麗で……優しい手だもの」
「……」
この震えは、貴方の気持ち……想いであり、心。
ハクは……とても、すごく、怖がりな人だから。
私達はまた会えたけど。
こうして一緒にいられるけれど。
たとえ僅かな時間でも。
扉一枚の隔たりが。
また、貴方に怖い思いを……不安させてしまったの?
あの時、この手に掴んでいた貴方の真珠色の髪を、私は離すべきじゃなかった?
「ごめんなさい、ハクちゃっ……」
「違うのだっ!!!」
私の言葉を遮ったのは、ハク。
彼の黄金の瞳を細く黒い瞳孔が、肥大と収縮を繰り返す。
初めて見るそのさまに、瞳孔の動きに呼応するように、私の胸の奥もきりきりと捩じ上げられる。
「……ッ!?」
それは痛みとなって、身の内を這い上がり。
咽喉の粘膜に爪を立て、眼球の裏を焼く。
「我はっ! りこ、我はっ……我はこの世で最も“力”があり“強い”存在なのだぞ!? 我が望んだのではなくこの世界・・・・が我にそう望み、願ったのだ!!」
その熱は、この痛みは。
きっと。
ハクの、ものだ。
「だがっ! なのにっ! なぜ!? 我はりこを奪われっ…… 我は“強い”のに! なぜっ、なぜっ、なぜなのだ!?」
だって。
だって。
涙は、その瞳に無くても。
貴方は。
泣いてる。
「あの女などより我はずっと“強い”のに……その我がりこを奪われるなど、おかしいではないかっ! 何が我には“足りなかった”のだ!? まだ“強さ”が、“力”が足りぬからなのかっ!?」
ねぇ、ハク。
自分では、気づいてないの?
貴方は今、泣いてるんだよ?
「ならばっ……『神』になればもっと“強く”なれるのか!? それとも人間共の望むように魔の王になれば、貴女を何者にも奪われぬのか!?」
心が、大泣きしている。
ハクは。
怖がりで。
寂しがりやで。
泣き虫、だから。
「否、否! そうでは無いのだ、違うのだっ!! 神も魔の王も違うっ……りこ、りこ! 我がなりたいのは! 我はっ…………りこ?」
「……ハク」
私は貴方を、抱きしめるの。
この腕で、この身体で。
「大丈夫。私はここにいる。大丈夫……もう、独りじゃない。私達は、また一緒に……ずっと、一緒よ?」
「……ずっと……りこ、ずっと一緒か? ずっと一緒……我と……我とりこは、一緒……」
貴方を、ハクを。
愛しい抱きしめ、愛しい人に抱きしめられる喜びを、幸せを。
私に教えてくれたのは、ハク、貴方だから……。
私ったら……やってしまったぁあああ!
ハクが扉の前でうろうろして待っていると、赤の竜帝さんが言っていたのに!
「痛かったでしょう!? ごめんね、ごめんなさいハクちゃ……ハク?」
鋭い爪を持つ四本指の手も可愛らしいぽっこりとしたお腹も、小刻みに震えて……。
「りこ。……ごめんなさい、なの、だ」
小さな手で自分の顔を覆ったまま、ハクは言った。
竜体のハクに耳から聞こえる音としての『声』は無いから、念話として彼の言葉が私の頭の中に届く。
「なんで貴方が謝るの? 今のは私の不注意だから……ハク?」
床に背をつけて倒れている小さな竜の傍に膝をつき、脇に手を入れ目線が同じ高さになるよう抱き上げをると、ハクの尾がくるりと内側に巻かれた。
「……我はごめんなさい、なのだ」
顔を両手で隠したまま、再度謝罪をする彼。
彼が、ハクが謝っているのは……。
「なんで謝るの? ハクは私を迎えに来てくれたでしょう? 助けに来てくれたでしょう? 今回のことで、貴方が謝ることなんてなっ……ハクちゃん?」
私の右腕に、するりと何かが巻きつく。
見ると、ハクの尾だった。
さっきまでくるりと内側に丸まっていた尾が、私の腕に……。
「ハク?」
真珠色の鱗に覆われた尾が。
滑らかな動きで、私の腕を絡めとる。
「……りこ」
顔を隠していたハクの手が、指が。
ゆっくりと動き、黄金の瞳が露わになり。
四本の指を持つ小さな手が。
私へと、伸ばされる。
「りこ。我のりこ」
真珠色の鋭い爪を気にしてか。
「<赤>がなぜここで待っていたのか、りことて分かっておるだろう? あれは我が再び・・りこを傷つけることを危惧し、りこを貪ろうとする我を抑える『道具』として自分自身を使ったのだ」
その手は私の頬に、触れる直前で。
「我が他の者を壊すのを、りこは喜ばない。皆、それを知っているゆえ……」
ぎゅっと、握られて。
「そうだ。知っているのだ、皆。四竜帝は……竜族も人間も。我のこの手が、我が」
まん丸に、なった。
「我のこの手が。我という存在ものは“守るもの”ではなく“壊すもの”なのだと、本能で知っているのだ」
いまだに貴方は、その小さな手を握りこむ……。
鱗に覆われた四本指の手は、私のこの手の中に収まるほど小さく可愛らしいのに。
その可愛らしい手が、私はこんなにも愛おしい。
「……この手が、“壊す手”だっていうの? そんなこと……そんなこないよ?」
丸められた手が、私の頬に触れて。
彼の震えが、肌から伝わってくる。
「私はハクのこの手が、大好き。小さくて、可愛くて、綺麗で……優しい手だもの」
「……」
この震えは、貴方の気持ち……想いであり、心。
ハクは……とても、すごく、怖がりな人だから。
私達はまた会えたけど。
こうして一緒にいられるけれど。
たとえ僅かな時間でも。
扉一枚の隔たりが。
また、貴方に怖い思いを……不安させてしまったの?
あの時、この手に掴んでいた貴方の真珠色の髪を、私は離すべきじゃなかった?
「ごめんなさい、ハクちゃっ……」
「違うのだっ!!!」
私の言葉を遮ったのは、ハク。
彼の黄金の瞳を細く黒い瞳孔が、肥大と収縮を繰り返す。
初めて見るそのさまに、瞳孔の動きに呼応するように、私の胸の奥もきりきりと捩じ上げられる。
「……ッ!?」
それは痛みとなって、身の内を這い上がり。
咽喉の粘膜に爪を立て、眼球の裏を焼く。
「我はっ! りこ、我はっ……我はこの世で最も“力”があり“強い”存在なのだぞ!? 我が望んだのではなくこの世界・・・・が我にそう望み、願ったのだ!!」
その熱は、この痛みは。
きっと。
ハクの、ものだ。
「だがっ! なのにっ! なぜ!? 我はりこを奪われっ…… 我は“強い”のに! なぜっ、なぜっ、なぜなのだ!?」
だって。
だって。
涙は、その瞳に無くても。
貴方は。
泣いてる。
「あの女などより我はずっと“強い”のに……その我がりこを奪われるなど、おかしいではないかっ! 何が我には“足りなかった”のだ!? まだ“強さ”が、“力”が足りぬからなのかっ!?」
ねぇ、ハク。
自分では、気づいてないの?
貴方は今、泣いてるんだよ?
「ならばっ……『神』になればもっと“強く”なれるのか!? それとも人間共の望むように魔の王になれば、貴女を何者にも奪われぬのか!?」
心が、大泣きしている。
ハクは。
怖がりで。
寂しがりやで。
泣き虫、だから。
「否、否! そうでは無いのだ、違うのだっ!! 神も魔の王も違うっ……りこ、りこ! 我がなりたいのは! 我はっ…………りこ?」
「……ハク」
私は貴方を、抱きしめるの。
この腕で、この身体で。
「大丈夫。私はここにいる。大丈夫……もう、独りじゃない。私達は、また一緒に……ずっと、一緒よ?」
「……ずっと……りこ、ずっと一緒か? ずっと一緒……我と……我とりこは、一緒……」
貴方を、ハクを。
愛しい抱きしめ、愛しい人に抱きしめられる喜びを、幸せを。
私に教えてくれたのは、ハク、貴方だから……。