四竜帝の大陸【赤の大陸編】
第十八話
「ハクちゃん、どう?」

 寝台に腰掛けた我の前に立ったりこの問いに。

「? どう、とは?」

 我は答えではなく、問いで返した。
 なにが“どう”なのか、我には分からなかったからだ。

「あ。ご、ごめんなさい。私の言い方が悪かったよね? えっと、この服が私に似合ってるっていうか……変じゃないか、おかしくないかなって、訊きたかったの」
「そういうことか。それは基本的には竜族の雄が着るものだが、変でもおかしくもない」

 帰還した竜体がダルフェは<赤>の所に報告があると飛び去ると。
 りこは<赤>の用意してあった衣装の中から気に入ったものを身につけた。
 多くの衣装が揃えられていたが、りこの選んだものは意外なものだった。

「そう、良かった! 赤の竜帝さんがワンピースやドレスだけじゃなく、レカサも用意してくれてたなんて、びっくりしたけどすごく嬉しい! サイズもぴったり! これってもしかして、竜族の子供用サイズなのかな?」
「……さあ、な」

 りこが選び、身に着けたのはレカサだ。
 子供用……幼竜用などではなく、<赤>はりこの体躯にあったものを用意したのだろう。
 ダルフェの目玉に牛の乳を混ぜたような色のそのレカサは、襟と裾に赤い糸で小花が刺繍がしてあった。
 これは、針仕事を好む<赤>が自ら作ったレカサかもしれないが、我はそれを口にしなかった。
 <赤>の手によるものという確証が無いことが、それを言わなかった理由ではなく。
 それを知った時のりこの顔が我には易く想像ができ……少々“嫌だ”と感じたからだ。
 だから、我はりこに言わず。
 ゆえに、我はりこに教えない。
 我の“嫌だ”の中には、<赤>を“ずるい”と感じる負の感情が濃く有り、りこを愛しいと強く思う我の脳を内部からぎしぎしと揺らした。
 我のりこの笑顔を、我ではなく他者が浮かばせるのは……許したくないが、許さなくてはならない。
 りこの笑顔が好きだから、とても好きだから。
 我は今までも、りこが好感、好意をもった者へ感じる『排除』の衝動を耐えてきた。
 我はそれに耐えなければならないと、理解している。
 耐える必要性を理解し、納得もしているが……。
 長期間離れていたことが精神に影響しているのか、以前より“駄目”だ。
 ダルフェはそれを正確に感じ取り、同じ雄として理解しているから早々に去ったのだろう。
 りこは我から見ても、ダルフェの竜体をとても気に入っていたようだったからな。

「…………りこがレカサを着るなら、我もレカサにする。衣装棚にあるものの中から、りこが気に入ったのを選んでくれ。りこが良いと思ったレカサを着たい」

 我が希望を告げると。

「ハクちゃんもレカサにするの? あ! そういえば昨日の服も格好良かったよ? 色が緋色で派手だけど、ハクちゃんは顔が有る意味強烈っていうか、インパクトがあるからあの色にも負けてないっていうか……うん、改めて思い出すとあれはあれでかなり良かったかも~……」

 言いながら、なぜかりこの頬が高揚したかのように染まっていく。

「? そうか? りこが気に入ったのならば、我はレカサではなくアレを着るが」

 竜騎士の制服と同様に蜥蜴蝶が素材となっているアレは、りこが風呂に入っている間に竜体になったさいに脱ぎ捨てたまま、抜け殻のようにそのままの状態で床にあった。
 りこは我の目線を追うようにしてそれへと歩み寄り、片手で取ろうとして……慌てて両手に変えた。

「お、重い! これ、何キロあるの!? ……よ、よいしょっと」

 両手で持ち上げようと試みたようだがすぐに諦め、りこは引きずり上げるようにしてそれを寝台へと置いた。

「重いか? そうか、りこには重いのか。それが重い理由だが、これは通常の繊維ではなく蜥蜴蝶という生物を素材に使用している。重量があるのは、幾重にも素材を重ねて加工したからだろう」

 我は寝台から立ち上がり、りこの傍らに立った。
 りこは緋色のそれに指先で触れると、我を見上げて言った。

「ん~……触った感じと見た目は革……エナメルっぽい光沢で……綺麗……」

 我は、革なら分かるがエナメルというものは分からなかった。
 なので、分かることを口にした。

「ダルフェ達竜騎士が着ているモノも素材は蜥蜴蝶だ。撥水、耐油性に優れ熱にも強く矢も通さない。簡単には切れぬほど丈夫なうえ返り血も簡単に洗い流せるという利点があるれているので、竜騎士だけでなく人間の武人も好んで着用するのだ」
「か、返り血!? ……特殊な素材ってことよね? もしかして……すごく高いんじゃない?」

 高い?
 絹より高価で貴金属並の値で取引されるらしいが、その価格が高いか安いかという判断が我には難しい。

「……安くはないと思う。多分、な」

 金銭に困ったことはないが、金銭を所有したことも我はないのだ。
 金銭を使って物品を購入したことがないので、物の相場・適正価格などは我にはよく分からないのだ。
 そう、我は自他共に認める立派な一文無しなのだ。
 む? 
 ……りこは我の仕事が<監視者>だと思っているようだが、無収入であるそれが仕事と言えるのだろうか?
 仕事ではなく、奉仕活動と言い直すべきなのか?

「……」
「ハクちゃん? どうかした?」

 くだらないようだがくだらないとは言い切れぬ事を考えていた我の左手に、りこの手がそっと重ねられた。
 その柔らかく温かな感触にひかれるように、我はその場に身をかがめ……床に両膝をつき、りこの腰へ両腕を回した。
 腹に顔を押し付けると、りこの手が我の後頭部へと移動して撫でててくれた。
 りこに撫でられるのはとても気持ちがよく、我は大好きなのだ。
 りこはこの髪を、頭を……この身を撫でてくれながら、同時に我の中にある“心”も撫でてくれるのだ……。
 りこの手に撫でられていると、<監視者>であることが仕事でも奉仕でも、どちらでもよくなってしまった。

「ねぇ、ハクちゃん。その服の“利点”は今は必要ないよね? 見た目は格好良いけど……重いし軍服みたいで普段着としてはちょっと堅苦しいから、ハクちゃんもこれじゃなくてレカサを着よう……ね?」

 ==その“利点”は今は必要ないよね。

 その言葉には、りこなりの想いと考えがあるのかもしれない。
 我の教えた“利点”は、隠しようも無い血臭にまみれたものなのだから……。
 我はりこの言葉の深意を問わず、訊かなかった。

「……ハクちゃん、このサンダルもすごく履きやすいのよ?」

 りこは朱色に染められた革のサンダルを履いた足を、とんとんと軽やかに床へと上下に動かした。

「ハクちゃん用のも、これと一緒に用意してくれてあったよ? ふふっ、ハクちゃんがサンダル……ペディキュアしなくても爪が綺麗でいいなぁ~」

 我の爪が綺麗だと、以前もりこは言っていた。
 我のこの目には、りこの爪のほうが綺麗で美しいと感じるのだがな。

「我はりこの爪のほうが好きだ。色も形も味も好きなのだ」
「ありが……あ、味!?」

 りこの声が高くなり、我を撫でていた手が止まった。

「ハクちゃん、まさか食べっ……あははは、ま、まさかね?」
「……食いたいが、食ってはない。いつも舐めているだけだぞ?」

 びくりと跳ねたりこの身体に、いっそう顔を押し付けて我は言った。

「え、あ、その、うっ!?」

 羞恥をのためか、高くなった声音が愛らしく。
 りこのからは見えぬ我の唇の端が、その声に惹かれるように上がった。





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