四竜帝の大陸【赤の大陸編】
第十九話
「ハクちゃん用のレカサ、何着も用意してくれてあったよ! 私、これを選んだんけど……」
衣装棚からりこが持ってきてくれたのは、薄い紫のレカサだった。
上下で一対のそれは、襟と袖と裾が金糸で縁取られていた。
我は寝台に腰掛けたままそれを受け取り脇へ置き、身に着けていた夜着の帯へ手をかけた。
「え? 珍しい、普通に着替えるの!?」
りこが驚いたように言い、なぜか数歩後退した。
人型の我が衣類を身に着けるのは、術式で。
それが、りこの頭の中にあるのだろう。
「ああ。我はぱじゃま以外も自力で着れるようになりたいのだ……む?」
ぱじゃま。
我の唯一無二の、世間でいうところの一張羅であり勝負服である“ぱじゃま”。
我の宝、りこからの贈りのもである“ぱじゃま”の一部を青の所に置いてきてしまったな。
我としたことが……後で取りに行かねば。
「りこ。我は青の城にぱじゃまの一部を、揃いの〝お帽子”を置いてきてしまったのだ」
「え?」
りこが異界から身に着けてきたぱじゃまとスリッパなる履物も、持ってきてやらねばな。
あれらをりこは大切に保管していたのだから。
「我はダルフェ等とは違い、大陸間移動は術式で転移するのですぐに用事は済む。その間、りこの側にカイユとダルフェ、<赤>を………………いや、駄目だ。我は行けぬ。青に指示し、急ぎで空輸させよう」
「く、空輸!?」」
りこを同行したいが、万が一にも負荷による影響が身体に出たらと考えると、我はりこを連れては行けない。
だが、りこと離れるのは嫌だ。
あのようなことは、もう二度と……。
「りこの選んでくれたこのレカサに不満は無いが。我はりこと揃いの色柄のレカサも着たいので、後で<赤>に用意させ………りこ?」
言いながら立ち上がり、夜着を肩から落とすと。
りこの顔が一瞬で真っ赤に変化した。
何故だ?
「うっ!? こ、ここ、こ、ここは青の竜帝さんの帝都よりずっと気温が高いからサンダルなんだよね!? ハクちゃんが昨日履いてたのは革のブーツだったよね? 足、蒸れちゃった? あ! ハクちゃんって汗かかないくらいだから、足が蒸れないのかな?そういえば。ハクちゃんって、高齢だっていうけど加齢臭しないよね。コロンとか使ってないのにいつも良い香りしてて、もしかして、あの良い香りがハクちゃんの加齢臭なのかなっ? なぁんてねぇ、あははははははっ~……って、うう~っ! もうっ! 目のやり場に困っちゃうの!」
せわしなく言いながら、りこは我の脱いだ夜着を拾い上げ、我の腹に押し付けた。
……目のやり場?
未だに裸がいかんのか?
りこは竜体の我の身体は嬉々として撫で回すのだが、人型だと相変わらずというか……いや、今はそんなことより。
「加齢臭?」
加齢臭という聞き逃せぬ単語が、我の耳と脳にひっかかった。
「りこよ。加齢臭とはどういうことなのだ?」
我の腹に夜着を押し付けたままのりこに意味を問うた。
「え? 加齢臭を知らないの? 加齢臭っていうのは、おじさんになると体臭が……ん? 傷? ……ハ、ハハ、ハクちゃん! ちょっと、これって、あのっ、もしかして私がっ!?」
我と同じ黄金の瞳が、我の肌を凝視しつつ上下左右に動いた。
探すように、確認するかのように……。
「これ? ああ、これか」
まだ、治っていなかったのか。
いつもなら事後、一定時間内には全て消えているのだが。
我の身体の治癒・再生能力に変化が…………衰えたとは思わぬが。
「りこの噛み痕だ」
「っ!!」
我の変化ではなく、りこの『変化』か?
「ここと、ここにもあるぞ? あぁ、ここもだ」
「あっ、あのっ、ハクちゃ……」
左右の肩、上腕部、指。
見てはおらぬが、背には爪のあともあるはずだな。
「ご、ごご、ごめんなさいっ!!」
「なぜ謝るのだ?」
腹に夜着を押し付けているりこの両手に。
我は自分の手を重ねた。
「我が噛んでくれと“おねだり”したのだ。我は謝られる立場ではなく、礼を言うべき立場なのだぞ?」
触れ合う手から伝わるのは。
肌のぬくもり、だけではなく。
目には見えぬが、確かにそこにある何か……これは、なんというべきなのだろうか?
「……なんか、ずるい」
「りこ?」
先ほどの我がしたように。
りこが我の腹部へと顔を押し付け、言った。
「ハクちゃんは、ハクは私にはつけないよね…………朝起きて、身体に残ってたことないもの」
りこの肌に、身体に。
情交の跡を我が残さないのではなく。
残せない、というべきなのだが。
「……確かにそうだな。何度交わろうと、りこの肌には我の噛み痕一つも残らぬが……りこ」
「ハクちゃん?……きゃっ!?」
重ねていた手を握って、引き。
華奢な身体を寝台へと押し倒すと、出会った頃より伸びた黒髪が寝具にふわりと広がった。
「ハクちゃ……」
「りこ。我のりこ」
柔らかな緑色をしたレカサを纏ったりこの身体を見下ろし、指先を胸に置き……その下にある心臓の鼓動を確かめるようにゆっくりと動かすと。
我の指先を歓迎するかのように、りこの鼓動は瞬時に変化した。
生を刻む速さが増し、激しい熱を生み出し全身を熱く廻る……。
「ほら。ここにあるのだ」
そう。
”ここ”にあるのだ。
「……ハク?」
「分からぬか?」
りこという、愛しい存在の中に。
「我の愛咬の痕は」
肌に、皮膚に残らずとも。
「貴女の魂こころに、刻み付けてあるのだぞ?」
確かに、”ここ”に。
それは、あるのだ。
衣装棚からりこが持ってきてくれたのは、薄い紫のレカサだった。
上下で一対のそれは、襟と袖と裾が金糸で縁取られていた。
我は寝台に腰掛けたままそれを受け取り脇へ置き、身に着けていた夜着の帯へ手をかけた。
「え? 珍しい、普通に着替えるの!?」
りこが驚いたように言い、なぜか数歩後退した。
人型の我が衣類を身に着けるのは、術式で。
それが、りこの頭の中にあるのだろう。
「ああ。我はぱじゃま以外も自力で着れるようになりたいのだ……む?」
ぱじゃま。
我の唯一無二の、世間でいうところの一張羅であり勝負服である“ぱじゃま”。
我の宝、りこからの贈りのもである“ぱじゃま”の一部を青の所に置いてきてしまったな。
我としたことが……後で取りに行かねば。
「りこ。我は青の城にぱじゃまの一部を、揃いの〝お帽子”を置いてきてしまったのだ」
「え?」
りこが異界から身に着けてきたぱじゃまとスリッパなる履物も、持ってきてやらねばな。
あれらをりこは大切に保管していたのだから。
「我はダルフェ等とは違い、大陸間移動は術式で転移するのですぐに用事は済む。その間、りこの側にカイユとダルフェ、<赤>を………………いや、駄目だ。我は行けぬ。青に指示し、急ぎで空輸させよう」
「く、空輸!?」」
りこを同行したいが、万が一にも負荷による影響が身体に出たらと考えると、我はりこを連れては行けない。
だが、りこと離れるのは嫌だ。
あのようなことは、もう二度と……。
「りこの選んでくれたこのレカサに不満は無いが。我はりこと揃いの色柄のレカサも着たいので、後で<赤>に用意させ………りこ?」
言いながら立ち上がり、夜着を肩から落とすと。
りこの顔が一瞬で真っ赤に変化した。
何故だ?
「うっ!? こ、ここ、こ、ここは青の竜帝さんの帝都よりずっと気温が高いからサンダルなんだよね!? ハクちゃんが昨日履いてたのは革のブーツだったよね? 足、蒸れちゃった? あ! ハクちゃんって汗かかないくらいだから、足が蒸れないのかな?そういえば。ハクちゃんって、高齢だっていうけど加齢臭しないよね。コロンとか使ってないのにいつも良い香りしてて、もしかして、あの良い香りがハクちゃんの加齢臭なのかなっ? なぁんてねぇ、あははははははっ~……って、うう~っ! もうっ! 目のやり場に困っちゃうの!」
せわしなく言いながら、りこは我の脱いだ夜着を拾い上げ、我の腹に押し付けた。
……目のやり場?
未だに裸がいかんのか?
りこは竜体の我の身体は嬉々として撫で回すのだが、人型だと相変わらずというか……いや、今はそんなことより。
「加齢臭?」
加齢臭という聞き逃せぬ単語が、我の耳と脳にひっかかった。
「りこよ。加齢臭とはどういうことなのだ?」
我の腹に夜着を押し付けたままのりこに意味を問うた。
「え? 加齢臭を知らないの? 加齢臭っていうのは、おじさんになると体臭が……ん? 傷? ……ハ、ハハ、ハクちゃん! ちょっと、これって、あのっ、もしかして私がっ!?」
我と同じ黄金の瞳が、我の肌を凝視しつつ上下左右に動いた。
探すように、確認するかのように……。
「これ? ああ、これか」
まだ、治っていなかったのか。
いつもなら事後、一定時間内には全て消えているのだが。
我の身体の治癒・再生能力に変化が…………衰えたとは思わぬが。
「りこの噛み痕だ」
「っ!!」
我の変化ではなく、りこの『変化』か?
「ここと、ここにもあるぞ? あぁ、ここもだ」
「あっ、あのっ、ハクちゃ……」
左右の肩、上腕部、指。
見てはおらぬが、背には爪のあともあるはずだな。
「ご、ごご、ごめんなさいっ!!」
「なぜ謝るのだ?」
腹に夜着を押し付けているりこの両手に。
我は自分の手を重ねた。
「我が噛んでくれと“おねだり”したのだ。我は謝られる立場ではなく、礼を言うべき立場なのだぞ?」
触れ合う手から伝わるのは。
肌のぬくもり、だけではなく。
目には見えぬが、確かにそこにある何か……これは、なんというべきなのだろうか?
「……なんか、ずるい」
「りこ?」
先ほどの我がしたように。
りこが我の腹部へと顔を押し付け、言った。
「ハクちゃんは、ハクは私にはつけないよね…………朝起きて、身体に残ってたことないもの」
りこの肌に、身体に。
情交の跡を我が残さないのではなく。
残せない、というべきなのだが。
「……確かにそうだな。何度交わろうと、りこの肌には我の噛み痕一つも残らぬが……りこ」
「ハクちゃん?……きゃっ!?」
重ねていた手を握って、引き。
華奢な身体を寝台へと押し倒すと、出会った頃より伸びた黒髪が寝具にふわりと広がった。
「ハクちゃ……」
「りこ。我のりこ」
柔らかな緑色をしたレカサを纏ったりこの身体を見下ろし、指先を胸に置き……その下にある心臓の鼓動を確かめるようにゆっくりと動かすと。
我の指先を歓迎するかのように、りこの鼓動は瞬時に変化した。
生を刻む速さが増し、激しい熱を生み出し全身を熱く廻る……。
「ほら。ここにあるのだ」
そう。
”ここ”にあるのだ。
「……ハク?」
「分からぬか?」
りこという、愛しい存在の中に。
「我の愛咬の痕は」
肌に、皮膚に残らずとも。
「貴女の魂こころに、刻み付けてあるのだぞ?」
確かに、”ここ”に。
それは、あるのだ。