四竜帝の大陸【赤の大陸編】
第二十四話
「<赤>が来る。我は行く。りこはここで待て」
「え? ハクちゃっ……」
い、行くって、まさか!?
「ハ、ハハ、ハク! そのままじゃ、駄っ……ちょっ、まままっ、待っ……!!」
赤の竜帝さんが来たと言って転移しちゃったハクは、まだ服をきちんと着ていなかった。
つまり、つまり、それってつまり……赤の竜帝さんの前にあの状態で……!!
「ど、どうしよう!? 急いで服を持って追いかけなきゃっ……あ!?」
持って行こう伸ばした手が触れる寸前に、ハクの服が消えた。
「ハク、術式で着たんだ……よ、良かったぁ~!」
一安心した私は、ベットから離れて隣室へ続く扉へと足を向けた。
四隅に翅を広げた蝶が彫刻された木製の扉には、花の蕾を模したドアノブが……。
「うわぁ。これ、可愛い……」
思わず身をかがめ、顔を寄せて見入ってしまう……。
陶器製のそれは純白で、花弁の細かな部分も再現してあり、水色の貴石の粒が2粒添えられていた。
左下に控えめに飾られた小さなそれは、まるで朝露のようで……。
「……あ」
芸術品のようなドアノブを右手で掴むと、私はある事に気づいた。
「……このドアノブ……」
竜族の人達と比べるとずっと小さな私の手に、それはすっぽりと納まり、しかも手に良く馴染む。
蕾の丸みが手のひらに違和感無く馴染み……ドアノブが付けられている高さも私にちょうど良い位置で……つまり、人間より長身で体格の良い竜族には、使い難い……。
と、いうことは……。
「私のために……作って、用意して……前にあった物と取り替えてくれたんだ……」
ドアだけじゃない。
この洋服も、下着も、サンダルも、心地よい寝具も……全部……。
「……ッ」
私、この世界にとって『異界人』で……数十年後にはハクを置いて逝くことになる人間の私は竜族の、四竜帝の皆さんとって、『良い存在』じゃないのに。
青の竜帝さんもおちびって呼んで仲良くしてくれて、赤の竜帝さんも優しくて……今回の事だって、私が不用意に皇女様に近づいたのが原因なのに……。
「……あ……赤の竜帝さんが来たってハクはそう言ってたんだから、私もご挨拶に行かなきゃっ!」
湧き上がる感情に涙腺がおされ、視界がゆらぎ始めてしまったので、気合を入れるべくドアノブから手を離し、両手で自分の頬をパシパシッと叩いた。
「よし! めそめそは無し! 笑顔、笑顔よ、りこ!」
感謝は笑顔で!
笑顔で感謝を!
そう、自分に言い聞かせていると。
ーーートントン、トトトンッ、トン、トトトンッ!
軽快なリズムで、ドアがノックされた。
「……はい?」
ハクはノックしないから……誰だろう?
「はい、今開けます! ……あ!」
「よっ!」
そこに居たのは。
片手にトレーを持ち、ウィンクしてる真っ赤な……いつも以上に赤面積が増している彼だった。
「ダルフェ!」
「こら。旦那が一緒じゃないのに、相手を確認せず開けたら無用心でしょうが!?」
「……あ、う、はい、あのっ、ここは赤の竜帝さんのお城だし、廊下にハクが居るのに悪意のある人がここに入ってこれるはずはな……」
「こらこらこら。外部から転移してきた術士だったらどうすんの? それに、旦那は四竜帝に呼ばれて伝鏡の間に行ったんだ。俺が一人でいる姫さんのとこに来るってことは、旦那が近くにいない時! つまり、旦那不在時の警護担当ってこと!」
ぽんっと、頭頂部に大きな手が置かれた。
ダルフェさんの手は、ハクと同じくらい大きい手だった。
「あ! は、はい! ごめんなさいっ」
「はぁ~、ったく……姫さん、学習しなさいな……」
ぽんぽんと数回軽く叩いたその手には、白い手袋。
赤い服を着てるから、その白さがいっそう際立ち目立っていた。
「え、あ、はい…………」
着ている物が、身に付けているものがいつもと違いすぎて、思わずぽかーんと眺めてしまっていた私を見下ろし、ダルフェさんは垂れ気味の目を細めた。
「……ん? あぁ、赤の竜騎士の制服を着ると髪も服も赤になっちまって、俺的にはちょっ~と嫌なんだけどねぇ~……う~ん、やっぱ赤過ぎて変かねぇ?」
「え? いえ、青の竜騎士の制服も素敵でしたけど、こっちもすごく格好良いです!」
「そう? ありがと」
「え、あ、、はい……あの、それ……」
「ん?」
ダルフェさんの腰には、見たことの無い刀……大きいっていうか、すごく長い。
彼が長身の竜族だから床についてないけれど、日本人だったらひきずっちゃうよね!?
鞘も柄も黒くて……ダルフェさんが刀?
カイユさんは刀を持っていたけれど、ダルフェさんは細めの剣だったような……。
「ダルフェも刀を持っていたんですね……」
「あぁ、これ? 昔、黒の爺さんがくれたんだ。趣味じゃないから、使ってなかったんだ」
カイユさんの刀と比べると。
この刀は、サイズからして異様というか……。
「……鍔の装飾もすごいし、黒がなんというか……濃いのに澄んでて、光沢とは違う独特の艶があるっていうか……とても、とても綺麗な刀ですね……綺麗だけど、でも、あの……」
実用品とは思えないほど綺麗で。
綺麗だけど、でも、なんだろう、とても……。
「……姫さんは……これが怖い?」
私が口にしなかったその言葉をダルフェさんは拾い、投げかけてきた。
「……はい、なんだか少し……なぜか怖い、です」
見透かされているのだから、正直に答えるしかない。
「ふ~ん、そっか。姫さんって、視えはしないけど、多少は感じられる人種なのかもなぁ~………これ使うとつい殺し過ぎちゃうから、と~んと使ってなかったんだけどねぇ」
私を見るダルフェさんの瞳の緑が。
「これからは、それも有りかもな~って思ったんでねぇ、使うことにしたんだ」
一瞬、濃度を増したような気がした。
「ッ!?」
ぞくりと、私の背骨を目に見えない何かが這った。
それは、冷たく……暗い、なにか……。
「……あ、わ、わた、し……」
怖いのは。
刀じゃない。
「わ、わたしっ……ごめん、な、さいっ……」
怖いのは。
怖いと、感じてしまったのはっ……ダルフェさんに、だ……ダルフェさんを、怖い、と。
「なんで謝るのかねぇ?……あのな、姫さんは、あんたそれでいいんだよ?」
ポンッって。
また。
ダルフェさんが、私の頭をしてくれた。
「あのな、自分で自分の顔を叩くのはやめな」
「!?」
うそ、なんで知ってるの!?
ダルフェさんを見上げる私の表情から疑問を読み取り、彼は苦笑しつつ答えてくれた。
「竜族の耳は人間と比べると高性能だから、扉の向こうの音が拾えちゃうこともあるんだ」
「……き、聞こえちゃったん!? ううう、恥ずかしいです」
一人でぶつぶつ言ってたのを聞かれちゃったなんて!
うう、ほんとに、すごく恥ずかしいですっ!
「……四竜帝達にとっては、姫さんが“良い子”でいてくれたほう確かに楽だろうねぇ。そのほうが都合が良いからな。でも、カイユと俺はそうは思っていない」
頭から離れた手が移動し。
私の顔面で親指を立て、ダルフェさんは言った。
「だから。泣きたい時は大声で泣け! 笑いたい時に思いっきり笑え! 怒りたい時は、その拳を振り上げろ!! なぁ~んてね! まぁ、姫さんのスローリーなパンチが相手に届く前に、旦那とカイユの蹴りがヒットしてんだろうけどさ」
「え?」
ダルフェさんの顔には、いたずらっ子のような愉しげな表情が……。
「あの二人に同時に蹴られたら、内臓破裂どころか胴がぶっちぎれちまうなぁ~!! 旦那とカイユのダブルキック……ぶぶ、ははははぁあぁ! 笑える! 最強ドSコンビだぜ! 見てぇよな~!! 想像すると、かなり面白いよな!?」
うう、私は笑えません!
「そ………そ、そうですか?」
笑うツボの違いに戸惑う私に、笑い過ぎでちょこっと涙目になってしまったダルフェさんが。
「あ~、久々に笑えたな~! まぁ、うん、とりあえず飯にしよう! あの商隊の連中じゃぁ、姫さんにまともな飯出してなかったろ?」
そう言って、くいくいっと指先を動かし。
私に寝室から居間へ移動するように促した。
「え? め、飯……ご飯……ですか?」
あ。
ダルフェさんの持ってるトレーって……ご飯を持ってきてくれたんだ。
「これ、俺の父さんが作ったらしいぜ? ……あ、俺がぶっ飛ばされるから、さっきの頭ぽんぽんは旦那には内緒な?」
そ、そうでした。
自然過ぎて気にしてませんでしたが、そうですね!
「はい、もちろんです! ……ダルフェのお父さんが作ってくれたんですか?」
「そ! 味は息子の俺が保障するよ」
「え? ハクちゃっ……」
い、行くって、まさか!?
「ハ、ハハ、ハク! そのままじゃ、駄っ……ちょっ、まままっ、待っ……!!」
赤の竜帝さんが来たと言って転移しちゃったハクは、まだ服をきちんと着ていなかった。
つまり、つまり、それってつまり……赤の竜帝さんの前にあの状態で……!!
「ど、どうしよう!? 急いで服を持って追いかけなきゃっ……あ!?」
持って行こう伸ばした手が触れる寸前に、ハクの服が消えた。
「ハク、術式で着たんだ……よ、良かったぁ~!」
一安心した私は、ベットから離れて隣室へ続く扉へと足を向けた。
四隅に翅を広げた蝶が彫刻された木製の扉には、花の蕾を模したドアノブが……。
「うわぁ。これ、可愛い……」
思わず身をかがめ、顔を寄せて見入ってしまう……。
陶器製のそれは純白で、花弁の細かな部分も再現してあり、水色の貴石の粒が2粒添えられていた。
左下に控えめに飾られた小さなそれは、まるで朝露のようで……。
「……あ」
芸術品のようなドアノブを右手で掴むと、私はある事に気づいた。
「……このドアノブ……」
竜族の人達と比べるとずっと小さな私の手に、それはすっぽりと納まり、しかも手に良く馴染む。
蕾の丸みが手のひらに違和感無く馴染み……ドアノブが付けられている高さも私にちょうど良い位置で……つまり、人間より長身で体格の良い竜族には、使い難い……。
と、いうことは……。
「私のために……作って、用意して……前にあった物と取り替えてくれたんだ……」
ドアだけじゃない。
この洋服も、下着も、サンダルも、心地よい寝具も……全部……。
「……ッ」
私、この世界にとって『異界人』で……数十年後にはハクを置いて逝くことになる人間の私は竜族の、四竜帝の皆さんとって、『良い存在』じゃないのに。
青の竜帝さんもおちびって呼んで仲良くしてくれて、赤の竜帝さんも優しくて……今回の事だって、私が不用意に皇女様に近づいたのが原因なのに……。
「……あ……赤の竜帝さんが来たってハクはそう言ってたんだから、私もご挨拶に行かなきゃっ!」
湧き上がる感情に涙腺がおされ、視界がゆらぎ始めてしまったので、気合を入れるべくドアノブから手を離し、両手で自分の頬をパシパシッと叩いた。
「よし! めそめそは無し! 笑顔、笑顔よ、りこ!」
感謝は笑顔で!
笑顔で感謝を!
そう、自分に言い聞かせていると。
ーーートントン、トトトンッ、トン、トトトンッ!
軽快なリズムで、ドアがノックされた。
「……はい?」
ハクはノックしないから……誰だろう?
「はい、今開けます! ……あ!」
「よっ!」
そこに居たのは。
片手にトレーを持ち、ウィンクしてる真っ赤な……いつも以上に赤面積が増している彼だった。
「ダルフェ!」
「こら。旦那が一緒じゃないのに、相手を確認せず開けたら無用心でしょうが!?」
「……あ、う、はい、あのっ、ここは赤の竜帝さんのお城だし、廊下にハクが居るのに悪意のある人がここに入ってこれるはずはな……」
「こらこらこら。外部から転移してきた術士だったらどうすんの? それに、旦那は四竜帝に呼ばれて伝鏡の間に行ったんだ。俺が一人でいる姫さんのとこに来るってことは、旦那が近くにいない時! つまり、旦那不在時の警護担当ってこと!」
ぽんっと、頭頂部に大きな手が置かれた。
ダルフェさんの手は、ハクと同じくらい大きい手だった。
「あ! は、はい! ごめんなさいっ」
「はぁ~、ったく……姫さん、学習しなさいな……」
ぽんぽんと数回軽く叩いたその手には、白い手袋。
赤い服を着てるから、その白さがいっそう際立ち目立っていた。
「え、あ、はい…………」
着ている物が、身に付けているものがいつもと違いすぎて、思わずぽかーんと眺めてしまっていた私を見下ろし、ダルフェさんは垂れ気味の目を細めた。
「……ん? あぁ、赤の竜騎士の制服を着ると髪も服も赤になっちまって、俺的にはちょっ~と嫌なんだけどねぇ~……う~ん、やっぱ赤過ぎて変かねぇ?」
「え? いえ、青の竜騎士の制服も素敵でしたけど、こっちもすごく格好良いです!」
「そう? ありがと」
「え、あ、、はい……あの、それ……」
「ん?」
ダルフェさんの腰には、見たことの無い刀……大きいっていうか、すごく長い。
彼が長身の竜族だから床についてないけれど、日本人だったらひきずっちゃうよね!?
鞘も柄も黒くて……ダルフェさんが刀?
カイユさんは刀を持っていたけれど、ダルフェさんは細めの剣だったような……。
「ダルフェも刀を持っていたんですね……」
「あぁ、これ? 昔、黒の爺さんがくれたんだ。趣味じゃないから、使ってなかったんだ」
カイユさんの刀と比べると。
この刀は、サイズからして異様というか……。
「……鍔の装飾もすごいし、黒がなんというか……濃いのに澄んでて、光沢とは違う独特の艶があるっていうか……とても、とても綺麗な刀ですね……綺麗だけど、でも、あの……」
実用品とは思えないほど綺麗で。
綺麗だけど、でも、なんだろう、とても……。
「……姫さんは……これが怖い?」
私が口にしなかったその言葉をダルフェさんは拾い、投げかけてきた。
「……はい、なんだか少し……なぜか怖い、です」
見透かされているのだから、正直に答えるしかない。
「ふ~ん、そっか。姫さんって、視えはしないけど、多少は感じられる人種なのかもなぁ~………これ使うとつい殺し過ぎちゃうから、と~んと使ってなかったんだけどねぇ」
私を見るダルフェさんの瞳の緑が。
「これからは、それも有りかもな~って思ったんでねぇ、使うことにしたんだ」
一瞬、濃度を増したような気がした。
「ッ!?」
ぞくりと、私の背骨を目に見えない何かが這った。
それは、冷たく……暗い、なにか……。
「……あ、わ、わた、し……」
怖いのは。
刀じゃない。
「わ、わたしっ……ごめん、な、さいっ……」
怖いのは。
怖いと、感じてしまったのはっ……ダルフェさんに、だ……ダルフェさんを、怖い、と。
「なんで謝るのかねぇ?……あのな、姫さんは、あんたそれでいいんだよ?」
ポンッって。
また。
ダルフェさんが、私の頭をしてくれた。
「あのな、自分で自分の顔を叩くのはやめな」
「!?」
うそ、なんで知ってるの!?
ダルフェさんを見上げる私の表情から疑問を読み取り、彼は苦笑しつつ答えてくれた。
「竜族の耳は人間と比べると高性能だから、扉の向こうの音が拾えちゃうこともあるんだ」
「……き、聞こえちゃったん!? ううう、恥ずかしいです」
一人でぶつぶつ言ってたのを聞かれちゃったなんて!
うう、ほんとに、すごく恥ずかしいですっ!
「……四竜帝達にとっては、姫さんが“良い子”でいてくれたほう確かに楽だろうねぇ。そのほうが都合が良いからな。でも、カイユと俺はそうは思っていない」
頭から離れた手が移動し。
私の顔面で親指を立て、ダルフェさんは言った。
「だから。泣きたい時は大声で泣け! 笑いたい時に思いっきり笑え! 怒りたい時は、その拳を振り上げろ!! なぁ~んてね! まぁ、姫さんのスローリーなパンチが相手に届く前に、旦那とカイユの蹴りがヒットしてんだろうけどさ」
「え?」
ダルフェさんの顔には、いたずらっ子のような愉しげな表情が……。
「あの二人に同時に蹴られたら、内臓破裂どころか胴がぶっちぎれちまうなぁ~!! 旦那とカイユのダブルキック……ぶぶ、ははははぁあぁ! 笑える! 最強ドSコンビだぜ! 見てぇよな~!! 想像すると、かなり面白いよな!?」
うう、私は笑えません!
「そ………そ、そうですか?」
笑うツボの違いに戸惑う私に、笑い過ぎでちょこっと涙目になってしまったダルフェさんが。
「あ~、久々に笑えたな~! まぁ、うん、とりあえず飯にしよう! あの商隊の連中じゃぁ、姫さんにまともな飯出してなかったろ?」
そう言って、くいくいっと指先を動かし。
私に寝室から居間へ移動するように促した。
「え? め、飯……ご飯……ですか?」
あ。
ダルフェさんの持ってるトレーって……ご飯を持ってきてくれたんだ。
「これ、俺の父さんが作ったらしいぜ? ……あ、俺がぶっ飛ばされるから、さっきの頭ぽんぽんは旦那には内緒な?」
そ、そうでした。
自然過ぎて気にしてませんでしたが、そうですね!
「はい、もちろんです! ……ダルフェのお父さんが作ってくれたんですか?」
「そ! 味は息子の俺が保障するよ」