四竜帝の大陸【赤の大陸編】
第二十六話
 短くなってしまったハクの髪のことは、これはこれで仕方なかったとして。

「ハクちゃん、導師って?」

 ダルフェさんに“首を落とす気”で刀を抜かせた、“こっち”も私はすごーっく気になっていた。
 だから、訊いてみた……けれど。

「…………」
「ハク?」

 “ゆるふわかっぱ”なハクは、答えてくれない。

「……………………」

 私をじーっと見て……真珠色の睫毛に飾られた黄金の眼は、瞬くことなく私を見た。
 ……う~ん、“ゆるふわかっぱ”であろうとも、こんな髪型でも美形は美形なんだと、私はその瞳を見返しつつそう思ってしまう。
 うん、美形って得ですね……。

「……ハクちゃん?」

 答えない彼の名を再度呼ぶと。
 彼の特徴的な人とは違う縦に細い瞳孔が、一瞬……微かに揺れた。

「ハク……ハクちゃん? どうしたの? なにかっ……ぁ!?」

 しまったと、口を噤んだ。
 ああ、もしかして。
 私、訊いちゃいけなかった?

 ----ダルフェ。謀ったな?
 ----あ~、うん。ま、遅かれ早かれってことで!

 さっきの二人の会話からすると……。
 導師イマームって……ダルフェさん的には私に知って欲しいことだったけれど、ハクちゃんは私に知って欲しくなかったってこと?
 あ。
 こ、これはちょっとまずいかもっ……ハクちゃんが私に知って欲しくないって思っていることだったら、私は無理に知ろうなんてっ……ハクちゃんがそう判断したのは、私のことを考えてくれてのことだろうし……。

「あ、あの! いいいいい、いい、いいです! 今の質問、無しでいいです! 導師、教えてくれなくて、いいです!! ちょ、ちょっと、なんだろうって思っただけで……ハクちゃん、ごめんね! もう、そのことは訊かないからっ!」

 切り落とされたハクの髪を両手でぎゅっと握り、そう言った私の声は動揺丸出しだった。

「………りこ」

 ハクの視線が、下方に移動して……彼の髪を握る私の手を見たかと思うと。

「持つならば。こちら、なのだ」
「ハクちゃん?」

 大きな白い手が、私のそれに重なると同時に。

「え? ……きゃっ!?」

 握り締めていた髪が青白い光を発し、消えて。

「か、髪の毛が無くなっ……!?」
「りこ」

 そして。
 身をかがめ、額をこつんと合わせたハクは。
 緩やかに波打つ長い髪へと、私の手を導いた。

「あ……髪の毛がっ……元に?」

 短くなっていた真珠色の髪は、見慣れた長さを取り戻していた……ええっ!?
 長さ自由自在なの!?
 ハクちゃん、貴方はどんな毛根してるのっ!?

「手にするならば」
「……へ?」

 驚きで固まり間抜けな声を出してしまった私の手に、重なったハクの手が指を絡ませ開いて。

「我と繋がっていたほうが良いだろう?」

 私の手に、長い髪を握らせた。

「……え?……あ…う、うん!」

 正直、消えてしまった髪に未練があったけれど。
 さすがにそれを口には出せない……うう、もったいない……髪、どこ行っちゃったんだろう……ああ、でも、髪が元に戻ってくれて、嬉しいです!

「りこは我の鱗だけでなく、髪も好きなのだな? ……我も、りこの髪が好きだ」

 消えた髪の行方が気になる私に、ハクはそう言いながら……私の頭頂部に顔を寄せ。
 髪に唇で触れながら、言った。

「……知りたいなら、訊くが良い」

 重なった手に。
 絡ませた指にひかれ。

「ハクちゃん。私、訊いて良いの?」

 私の肌に、皮膚に触れている彼の手は、指は。
 冷たいけれど。

「かまわん」

 この世で一番ほっとする、温度。
 とっても、とっても……優しい温度、優しい体温。
 重なる手から伝わるやさしさに後押しされて、私は訊いた。

「ハク。……導師って……」

 胸の奥底の不安が濃くなった。
 だって。
 ダルフェさんが首を斬ろうと……瞬時に殺してしまうつもりだった相手なんて……きっと、すごく危険で怖い存在ってことでしょう?

「導師って誰? 何者なの?」

 形の見えない不安が、これ以上濃くならないように。
 重なった手から伝わる温度にすがる私に、ハクは……。



「さあ? 知らん」
「はい?」


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