四竜帝の大陸【赤の大陸編】
第二十八話
「俺、殺しちまったからねぁ~………あいつが導師と……城を追い出してからの足取りを調べるしかねぇか……俺が青の大陸に行くちょっと前だよな…………………そういや……旦那。御報告が一つあるんすけど? 実は、おかしなことがありましてね……」

 ダルフェさんは乱れた髪を手櫛で直しながら、ハクへと視線を動かし。
 緑の眼は長さを戻したハクの髪を見て、そのまま下方へ移動し……足先まで眺めた。

「なんだ?」

 意味深な視線の動きに、ハクが問いかけると。

「姫さんが飛ばされた時に身に着けてた旦那の欠片が、消えちまったんです。なんとかなりません?」

 あ!
 アリシャリって人に盗られた、ハクの欠片のネックレス!

「……要らぬので、我はなんとかしないのだ」

 ちょ、ちょっと待って!
 要らなくなんて、無いです!

「ハク! ハクちゃん! 私、取り戻したい!」

 ハクにそう言うと。
 真珠色の睫毛に縁取られた瞳を、数回瞬きさせて。

「何故だ? 欠片は他にも有るだろう? 青の城にあるのだ。今すぐ食いたいならば、此処に転移させるぞ?」
「ちがっ……食べたいからじゃなくてっ!」
「あ! ほらねぇ~! やっぱ簡単に持ってこれんじゃないっすか! 行方不明になった欠片もちゃっちゃと回収しちゃってくださいって!」

 ハクの言葉にダルフェさんが素早く反応し、声を上げた。
 私もそれに便乗、じゃなくて賛成です!

「ハク! 欠片は貴方の一部だったものなんだから、とっても大事なの! 捨てちゃうなんてできない! 回収できるならして欲しい!」
「……りこはアレが大事なのか?」
「そうよ! 私にとってハクは大切な人だから、欠片も大事なのっ!」
「……つまり。りこは、我が大切で大事で大好きで愛しているということだな?」
「え?」

 大切で大事で大好きで愛している!?
 真顔でっていうか、その顔で眉すら動かさないでそれを言えちゃうところがすごい……ううう、こっちが照れてしまうのです!

「あ、う、うん!」
「……確認するが。大切で大事で大好きで愛しているということだな?」

 く、繰り返しますか……。
 確認しなくたって、そんなの分かってるクセに!

「……りこ?」

 うう、顔が熱くなってきた……ダルフェさんがいるのにっ。

「姫さん、ほら、がんばれ!」

 ちょっとダルフェさん!
 垂れ目の下がり方が三割増しですよ!?
 がんばれって……面白がってるでしょう!?

「はい、うん、そうです……ハクが大好き、だから、あのネックレスがっ……」
「…………再度確認するが。大切で大事で大好きで愛しているということだな?」

 もう!
 ハクちゃん、確信犯でしょ!?

「りこ? どうしたのだ? 顔が赤いぞ? 我は確認をしたいだけなのだが?」

 うう、なにも今ここでSッ気ちょっと出さなくても……。

「そ、そうです! 私はハクが大切で大事で大好きで愛してますっ!」
「……そうか。ならば」

 そう言ったハクの色素の薄い唇の両端が、微かに上がる……他の人には分からないかもだけど、私には分かる。
 ハクが、微笑んだのだと……。

「他の男の体液で穢れたあれは触らぬ、食わぬ、身に着けぬと約束するか?」
「触りません、食べません、つけません!」 
「…………“ゆびきりげんまん”できるか?」

 ハクの小指が、私に差し出され。
 真珠色の爪が宝石のように、その指先で煌めいていた。 

「も、もちろんよ!」
「……………………言っておくが。りこの場合、針千本では無いぞ?」

 小指に私が自分の小指を添わせると、ハクは言った。

「え?」
「我のりこに針千本を飲ませることなど、絶対に駄目なのだ。………そうだな、うむ。りこには………りこに飲ませるならば………飲ませるのは、りこの口……口……………りこの……………」
「ハクちゃん?」
「…………ゆびきりで何を飲ませるかは、今回は無しで良いのだ」
「ハク?」
「…………」
「え? なんで?」
「……………………」

 おちび竜の時みたいに、金の眼をくるんと回してハクは黙ってしまった。

「姫さん。きっと、旦那はすんげぇ~エロいこと考えたんだぜ? 変態だな、変態!」

 ダルフェさんが呆れたような眼でハクを見て、そう言った。

「ちょっ……ダルフェさん!」

 ダルフェさん、誤解です!
 変態系(?)の知識は、ダルフェさんが貸してくれた本から得てしまっただけであって、ダルフェ文庫のあんなことこんなことを実践してはいませっ……あ……す、すこしはその、あれですけどね!

「まあ、とにかくちゃっちゃとやってくださいよ。姫さんは誰かさんのせいで飯が中断したままなんですからねぇ。ちゃんと食わせないと、俺がカイユにお仕置きされちまうでしょ? ……まぁ、それはそれで役得なんすけどねぇ~……」

 うっ……出た!
 カイユさん限定ドM発言!
 ああ、なんかほっとするかも……これはこれで日常に帰ってきたって感じといいますか……。

「ハクちゃん、やってもらえる?」

 指を彼から離し、訊くと。

「分かった。我のこの手に転移させる。が、りこは触るな。見るだけなのだぞ?」
「う、うん」

 私の返事を聞き、ハクは頷き。
 自分の右手を自分の肩の高さまで揚げた。
 ……私の手が届かないようにってこと?
 もう、私、ちゃんと約束したのに……。

「………………ほら、りこ。戻ったのだ」 

 ハクが、私に見えるようにその手を下げてくれた。
 うわ、あっという間っていうか、そんなに簡単にできる事だったのね!

「もう!? すごい、ありがとうハク!」

 触らないと約束したので、手は出さず見るだけ……あれ?

「…………ハクちゃん、無いけど?」

 その手には、私が盗られたハクの欠片のネックレスは無かった。

「ん? 確かに戻ってきたのだがな?」

 空の手を見て、ハクが眼を細めた。

「? 数秒で消えるとは。【不安定】だったのか? 待て。もう一度…………」

 その目元が、不意にピクリと動き。
 ゆっくりと数回瞬きをして……眼球の動きが止まった。

「ハクちゃん?」
「旦那?」

 あれ?
 なに?
 どうしたの?

「………………………………………ダルフェッ、来る・・ぞっ!!」
「了解ッ!」

 一瞬の、浮遊感。

「え?」

 ハクが。
 私を投げ。

「え!?」

 私をキャッチし、小脇に抱えたダルフェさんが。
 同時にその長い足を伸ばし。
 床を蹴ると。
 床下収納の蓋が、垂直に立った。

「ダルフェッ……ハクッ!?」

 それはハクの姿を、私の視界から奪い。
 目の前に壁のように立っていたそれに、蜘蛛の巣のように線が……亀裂が入る。
 部屋にあったものが、後方へ飛んで行き……ローテーブルにクッション、敷物や食器……ダルフェさんのお父さんの作ってくれた食事が、私たちの背後の壁に勢い良く叩きつけられて砕け散った。

「な、なにがおこっ……きゃああ、あああああっ!」

 石で作られた床下収納の蓋は、一気に亀裂が深まったかと思うと……破裂音と同時に吹き飛び。
 ダルフェさんが私を抱き込み、破片となったそれを全身に受けた。

「……ッ!!」
「ダルフェッ!」

 彼の身に破片が叩きつける音が、私の鼓膜を激しく叩く。

「こんなんじゃ、俺は平気! カイユの張り手のほうが千倍強いぜ!」

 場違いなまでに明るく言ったダルフェさんだけど、その視線は鋭く周囲を伺うように見回していた。
 部屋の中で大気が唸るような立てて渦を巻き。
 それは、目に見えない猛獣が暴れまわっているかのようだった。

「ハク、ハク! ハクはっ……無事なの!? ハクッ!?」

 私の視界からハクを隠していた床下収納の蓋は破壊され、粉々になり。
 眼を開けるのもやっとな強風の中、前方にいたはずのハクの姿を私は探し…………なっ……なに……あれ、なにっ!?

「………ハ…ク?」

 ハクは、居た。
 そこに、居た。
 けれど。

「……な、なんで?」

 彼の髪は、白いはずなのに。
 伸ばしたばかりの……艶やかで綺麗な髪だったのに。
 なのに。
 なぜ、なぜ?
 なぜ、真っ赤なのっ!?
 それに……ハクになにが起こってるの!?
 腕に……ハクの右腕に、なにか黒いものが無数に巻きついて……へ、蛇っ!?

「ダルフェ! ハクがっ……きゃああああっ!?」

 髪を赤く染めたハクの背から、レカサを突き破って無数の蛇が異様な音ともに顔を出した。
 黒い蛇は濡れ、鈍く光り……どう見たって、あれは……ハクの体を通って……だから、あんなに血が出て髪がっ……。

「う、うそっ……い、い……い、いやぁああああっ、ハクッ!」

 無数の蛇がハクの全身に絡みつき、背を這いずり回り、内に外へと蠢き……その先端がいっせいに動きを止めたかと思うと、私とダルフェさんの方へと向きを揃えた。
 矢じりのような形の頭部にある針のように細い眼が、錆色に光り。
 裂けかのような大きく口を開け……笑った。
 笑ったように、私には見えた。

「ッ!?」

 ぞくりと、した。
 確かな悪意が、そこにあったから。

「……ハ、ハクッ!?」

 全身を無数の蛇に蝕まれたハクの身体が、ぐらりと前のめりになるのを目にし。
 私はダルフェさんの腕の中でもがいた。

「ハクッ!? ダルフェ、離してッ……ハクが、ハクがっ……離してぇえええっ!!」 
「ッ……姫さん! 駄目だっ!!」

 ダルフェさんが私を抱きかかえたまま、一気に数メートル後退すると同時に。
 青白い炎の床から生まれ、天井まで一気に燃え上がった。
 熱の無いその炎はまるで生き物のように動き、私とダルフェさんの前を縦横に翔け。
 無数の蛇の視線から、私達を遮った。

「…………視えた……お前等は、もう用済みなのだっ……」

 波のようにうねる青白い炎のゆらぎをまとい、ゆっくりと……ハクがその身を起こした。
 その姿に、安堵する余裕は私には無かった。
 私の目には、彼の負った酷い怪我がはっきりと見えたから。

「…………驕るなっ……」

 ハクは。
 自分の手で。
 真っ赤な、両手で。
 蛇を、無造作に鷲掴みにし。


「導師ッ!!!」


 一気に。
 その身体から引き抜いた。





 
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