四竜帝の大陸【赤の大陸編】
第三十話
あの嵐は、室内だけでの出来事だった。
窓の向こうでは庭木の緑が陽を浴び輝き、沢山の小鳥が集まり賑やかに鳴いていた。
あんな事があったのだから、すぐに赤の竜帝さんやお城の人達、カイユさんが来るかと思っていた私だけれど、この部屋の惨状と室外とのギャップに、ここに居た私達以外気がついてないのかもと不安になった……。
「ダルフェ! これ、早く解いて下さいっ!!」
私は手足を縛られて、滅茶苦茶になった部屋の隅に転がっていた。
縛ったのは、ダルフェさん。
鋼色の糸は、細いワイヤーだった。
「駄目。旦那がやれって言っ……あぁ、こりゃひでぇな。術式でこれだけ中身やられても意識はあるって、あんたやっぱりすげぇっすねぇ……」
私を縛り、瓦礫を除けた場所に放置した張本人であるダルフェさんは床に横たわるハクの側に片膝をつき、彼を観察していた。
「旦那、上半身がすっかすかっのぐっちゃぐちゃっすよ?」
ちょっと!?
すっかすかっのぐっちゃぐちゃって何!?
「ダ、ダダダルフェッ! 見てないで、早くハクを手当てしてあげてっ……は、早くして! こっちも早くっ、これ解いてください! お願いっ!!」
ダルフェさんはハクの応急処置すらする様子も無く、いくら叫んでも喚いても、私のワイヤーを解いてもくれなかった。
彼が私の動きを封じたのは、倒れたハクに私が駆け寄る寸前、『りこを我に寄せるな』とハクが彼にそう言ったらしいんだけど、私には聞こえなかった。
かすかに動いた、血で彩られた唇の動きを間近で見たダルフェさんには分かったようで……読唇術?
「いや、下手に触ると再生の邪魔になるからこのままが……旦那、そろそろ喋れるんじゃないですか? 姫さん、このままじゃ興奮し過ぎて脳の血管切れちまいますよ?」
「………こ…………が?」
ダルフェさんのその言葉に、ハクの唇が動く。
眼は閉じられたままだったけれど、真珠色の睫毛が吐息に同調するように揺れた。
「お! やっぱ喋れますね。で、あんた一体どうしちゃったんです?」
「…………ダ、ルフェ……さき、ほ……どりこに触れ、たことは、……不問、にする。額を……床、に擦り……我に、感謝……す、るが良いっ」
綺麗な薄い紫をしていたハクのレカサは、澱んだ暗褐色へと変わり果て。
金糸で縁取られていた襟と袖は、切り刻まれていた。
真珠色の髪は、赤く染まり。
ハクの周囲の床は彼の血液が溜り……徐々に拡がっていく様から、出血が続いていることが分かった。
「はぁ? 床にぶっ倒れながらも相変わらずの上から発言っすかぁ~? 姫さん、あんたはこんな性格悪い俺様男のどこがいいの? そりゃ、顔と身体は最上級だけどねぇ~」
ダルフェさんは片眉を器用にあげ、半目になった顔を私へ向けた。
口元には、笑み。
その笑みが、ハクは大丈夫なのだと私に言っているようだった……けど、でもっ!
「ダルフェ! 早く解いてくださいっ!!」
無理やり身体から引き抜くなんて無茶なことしてっ……他に穏やかなやり方なかったの!?
自分の体を過信し過ぎよ!
世界一頑丈なんだか丈夫なんだか知らないけど、もっと自分を大事にして欲しい!!
「ハク、ハクッ……大丈夫!? 喋れるの、辛くない? すぐ、側に行くから……っ」
丈夫だから、平気で無茶するの!?
再生能力があるから、自分の体を粗末に扱うの!?
死なないから、死ねないからって……そんなハクでも、痛みを感じるってこと私は知ってる!!
「……り……だ……め、だ」
駄目?
「な、なんでよっ!?」
痛いでしょ?
痛いよね?
私には傷を治す事は出来ないけれど、貴方のその痛む体に寄り添うことくらいさせてよ!
頬を撫で、手を握って……側に居させてっ!
「お、おねっ、御願い……ハクッ……怪我してっ……治ってなっ……」
また、涙が落ちていく。
あぁ……私の涙は、なんて役立たずなの?
いくら流しても、流しても。
ハクの傷を治す事ももちろんできないし、この胸の痛みは増すばかり。
私の涙は、ハクの涙のように想う相手を内側から癒してはくれないっ……。
「……我……に、りこは近寄るべ……きではない、のだ」
横たわるハクは、喋れるようにはなったけれど。
傷が、傷が。
「ハクちゃっ……なんでよ!?」
裂けた肉が、皮膚が。
まだ、治らない。
「……………………りこには、そばっ……にきて、欲しっ……くない、の、だ……」
「え?」
……そばにきて欲しくない?
私には?
ダルフェさんはいいのに!?
「な、なんで……なの?」
確かに、私は役立たずだけど。
側にてあげることだけは出来るって思ってた……うぬぼれてた?
「ハ…クッ」
全身から、力が抜け。
私の額は、床へと吸い込まれた。
硬い床石は、落ちていく私の身体は受け止めても、心までは支えてはくれない。
貴方に愛されている……その思いが、私を高慢にしていた?
「…………ぇぐっ……う、ううっ……わ、わたっ……わっ……」
言葉が、単語が出ない。
言うべき事が、言わなきゃいけない事が脳内でぐるぐる回って弾けてしまう。
「……り……こ、わ…………我は……すっ、かす、かっ……の、ぐっ、ちゃぐっ……ちゃ、なの、だろうっ?」
……え?
すっかすかっのぐっちゃぐちゃ?
「ハク? なに言って……」
聞こえきたハクの声に、私の頭部も心も一瞬で引き上げられ。
私は曲げた体を動かし、膝立ちになった。
「すっかすかっのぐっちゃぐちゃが何!? それだけ酷い怪我をしてるのよ、ハクちゃんは!」
両足首に巻かれたワイヤーのせいか、膝立ちで前に進むと姿勢がどうしても前のめりになってしまい、私からはハクの怪我がよく見えない。
でも、歩くよりけど、ちゃんとハクに向かって進めている。
「く……るなっ……さいせっ……おくれっ……ゆえ、血肉がっ……骨がうごっ……り、こに……き、みが、悪いとおもっ……」
「……え?」
ハク……私が……気味が悪いって思うなんて、考えてたの!?
「気味が悪いなんて、そんなことないわよ! 治ってるからそうなるんでしょ!? それって、逆に安心するところでしょ!?」
言いながら、私の視線は床へ……ハクから目を逸らしたかった訳じゃなく、膝に湿りを感じたから。
「ッ!? ハクちゃっ……」
それは。
ハクの身体から、流れ出す血液。
まだ失血が止まっていない……止まらない。
「ハク! 止血しなきゃ! 止血ってどうしたらっ……」
学生時代に受けた救急講習は、横たわった人形に人工呼吸したり……出血してる場合は腕を縛ったような……上半身全体が怪我してるんだから、上腕を縛ったって止血にはならないよね!?
どうしよう、どうしよう!?
誰か、教え……ダルフェさん!
窓の向こうでは庭木の緑が陽を浴び輝き、沢山の小鳥が集まり賑やかに鳴いていた。
あんな事があったのだから、すぐに赤の竜帝さんやお城の人達、カイユさんが来るかと思っていた私だけれど、この部屋の惨状と室外とのギャップに、ここに居た私達以外気がついてないのかもと不安になった……。
「ダルフェ! これ、早く解いて下さいっ!!」
私は手足を縛られて、滅茶苦茶になった部屋の隅に転がっていた。
縛ったのは、ダルフェさん。
鋼色の糸は、細いワイヤーだった。
「駄目。旦那がやれって言っ……あぁ、こりゃひでぇな。術式でこれだけ中身やられても意識はあるって、あんたやっぱりすげぇっすねぇ……」
私を縛り、瓦礫を除けた場所に放置した張本人であるダルフェさんは床に横たわるハクの側に片膝をつき、彼を観察していた。
「旦那、上半身がすっかすかっのぐっちゃぐちゃっすよ?」
ちょっと!?
すっかすかっのぐっちゃぐちゃって何!?
「ダ、ダダダルフェッ! 見てないで、早くハクを手当てしてあげてっ……は、早くして! こっちも早くっ、これ解いてください! お願いっ!!」
ダルフェさんはハクの応急処置すらする様子も無く、いくら叫んでも喚いても、私のワイヤーを解いてもくれなかった。
彼が私の動きを封じたのは、倒れたハクに私が駆け寄る寸前、『りこを我に寄せるな』とハクが彼にそう言ったらしいんだけど、私には聞こえなかった。
かすかに動いた、血で彩られた唇の動きを間近で見たダルフェさんには分かったようで……読唇術?
「いや、下手に触ると再生の邪魔になるからこのままが……旦那、そろそろ喋れるんじゃないですか? 姫さん、このままじゃ興奮し過ぎて脳の血管切れちまいますよ?」
「………こ…………が?」
ダルフェさんのその言葉に、ハクの唇が動く。
眼は閉じられたままだったけれど、真珠色の睫毛が吐息に同調するように揺れた。
「お! やっぱ喋れますね。で、あんた一体どうしちゃったんです?」
「…………ダ、ルフェ……さき、ほ……どりこに触れ、たことは、……不問、にする。額を……床、に擦り……我に、感謝……す、るが良いっ」
綺麗な薄い紫をしていたハクのレカサは、澱んだ暗褐色へと変わり果て。
金糸で縁取られていた襟と袖は、切り刻まれていた。
真珠色の髪は、赤く染まり。
ハクの周囲の床は彼の血液が溜り……徐々に拡がっていく様から、出血が続いていることが分かった。
「はぁ? 床にぶっ倒れながらも相変わらずの上から発言っすかぁ~? 姫さん、あんたはこんな性格悪い俺様男のどこがいいの? そりゃ、顔と身体は最上級だけどねぇ~」
ダルフェさんは片眉を器用にあげ、半目になった顔を私へ向けた。
口元には、笑み。
その笑みが、ハクは大丈夫なのだと私に言っているようだった……けど、でもっ!
「ダルフェ! 早く解いてくださいっ!!」
無理やり身体から引き抜くなんて無茶なことしてっ……他に穏やかなやり方なかったの!?
自分の体を過信し過ぎよ!
世界一頑丈なんだか丈夫なんだか知らないけど、もっと自分を大事にして欲しい!!
「ハク、ハクッ……大丈夫!? 喋れるの、辛くない? すぐ、側に行くから……っ」
丈夫だから、平気で無茶するの!?
再生能力があるから、自分の体を粗末に扱うの!?
死なないから、死ねないからって……そんなハクでも、痛みを感じるってこと私は知ってる!!
「……り……だ……め、だ」
駄目?
「な、なんでよっ!?」
痛いでしょ?
痛いよね?
私には傷を治す事は出来ないけれど、貴方のその痛む体に寄り添うことくらいさせてよ!
頬を撫で、手を握って……側に居させてっ!
「お、おねっ、御願い……ハクッ……怪我してっ……治ってなっ……」
また、涙が落ちていく。
あぁ……私の涙は、なんて役立たずなの?
いくら流しても、流しても。
ハクの傷を治す事ももちろんできないし、この胸の痛みは増すばかり。
私の涙は、ハクの涙のように想う相手を内側から癒してはくれないっ……。
「……我……に、りこは近寄るべ……きではない、のだ」
横たわるハクは、喋れるようにはなったけれど。
傷が、傷が。
「ハクちゃっ……なんでよ!?」
裂けた肉が、皮膚が。
まだ、治らない。
「……………………りこには、そばっ……にきて、欲しっ……くない、の、だ……」
「え?」
……そばにきて欲しくない?
私には?
ダルフェさんはいいのに!?
「な、なんで……なの?」
確かに、私は役立たずだけど。
側にてあげることだけは出来るって思ってた……うぬぼれてた?
「ハ…クッ」
全身から、力が抜け。
私の額は、床へと吸い込まれた。
硬い床石は、落ちていく私の身体は受け止めても、心までは支えてはくれない。
貴方に愛されている……その思いが、私を高慢にしていた?
「…………ぇぐっ……う、ううっ……わ、わたっ……わっ……」
言葉が、単語が出ない。
言うべき事が、言わなきゃいけない事が脳内でぐるぐる回って弾けてしまう。
「……り……こ、わ…………我は……すっ、かす、かっ……の、ぐっ、ちゃぐっ……ちゃ、なの、だろうっ?」
……え?
すっかすかっのぐっちゃぐちゃ?
「ハク? なに言って……」
聞こえきたハクの声に、私の頭部も心も一瞬で引き上げられ。
私は曲げた体を動かし、膝立ちになった。
「すっかすかっのぐっちゃぐちゃが何!? それだけ酷い怪我をしてるのよ、ハクちゃんは!」
両足首に巻かれたワイヤーのせいか、膝立ちで前に進むと姿勢がどうしても前のめりになってしまい、私からはハクの怪我がよく見えない。
でも、歩くよりけど、ちゃんとハクに向かって進めている。
「く……るなっ……さいせっ……おくれっ……ゆえ、血肉がっ……骨がうごっ……り、こに……き、みが、悪いとおもっ……」
「……え?」
ハク……私が……気味が悪いって思うなんて、考えてたの!?
「気味が悪いなんて、そんなことないわよ! 治ってるからそうなるんでしょ!? それって、逆に安心するところでしょ!?」
言いながら、私の視線は床へ……ハクから目を逸らしたかった訳じゃなく、膝に湿りを感じたから。
「ッ!? ハクちゃっ……」
それは。
ハクの身体から、流れ出す血液。
まだ失血が止まっていない……止まらない。
「ハク! 止血しなきゃ! 止血ってどうしたらっ……」
学生時代に受けた救急講習は、横たわった人形に人工呼吸したり……出血してる場合は腕を縛ったような……上半身全体が怪我してるんだから、上腕を縛ったって止血にはならないよね!?
どうしよう、どうしよう!?
誰か、教え……ダルフェさん!