四竜帝の大陸【赤の大陸編】
我の数歩前を歩いていたダルフェが振り返り、顔を歪めて言った。
「あ~あ。髪、びっちゃびちゃのままだから、床が濡れちまってますね。一応訊いておきますが、これ、誰が掃除するんですかねぇ~?」
風呂を終え、ダルフェに差し出された服を身につけた我は。
転移はせず、歩いてりこの居る部屋へと徒歩で向かった。
我が徒歩で向かうと言うと。
ダルフェは怪訝な顔にはなったが異を唱えはしなかった。
我には歩く理由があったが、ダルフェが問わぬのでそれを口にはしなかった。
「誰? お前に決まっているのだ」
「やっぱりか!? うわっ、ひっでぇ~! ……なんで髪を乾かさないんですか? 水分を術式で弾くなんて、あんたには簡単なことでしょう?」
ダルフェの用意した着替えは、緋色のレカサだった。
襟と袖、裾には金糸と銀糸で細やかな模様が……我には黄の大陸の森林地帯に発生する毒茸に見えたが、ダルフェが言うには縁起の良い彩雲を模したモノらしかった。
縁起なんぞ、我はどうでもよいのだがな。
「濡れたままのほうが、都合が良いのだ」
我が思うに。
濡れたままで、我がりこの前に現れれば。
いつものように、りこが優しく拭いてくれるのだ……。
「あ~、ったく、あんたの考えが分かっちゃう自分が嫌っつーか。旦那、アホっすねぇ~。こんな状態で歩いて移動してきたって知ったら、廊下がびしょびしょだって言って、姫さんはあんたなんか放って雑巾握ってあわてて飛び出しますよ?」
足を止めずにそう言ったダルフェは、にやりと笑った。
「ッ!?」
我は急いで術式を用い、髪を乾かし。
髪の水分で濡れた服も乾かして。
床に転々と落ちた水滴も、外部へと転移させた。
「それでいいんです! ねぇ、旦那。さっきの続きですけど、爺さんの頭のな……」
前方へと顔を向け、歩む速度を少々落としたダルフェの言葉が終わる前に。
「ベルトジェンガの頭は視ない。あそこまで劣化していると、視難いので必要な情報を選別して拾えない」
我は答えた。
真実と、嘘を混ぜて。
「そうですか……」
「ダルフェ、お前はどこまで知っているのだ?」
直線の廊下を、窓の外に広がる景色ではなく赤い髪を長めながら我は足と口を動かした。
赤い髪……青の大陸に移る前のダルフェは、その赤い髪を長く伸ばしていたことを思い出す。
「……旦那はどうなんです?」
「我か? 知らんからお前に訊いたのだ。 我はベルトジェンガの子には興味が無かったからな」
我は、息子の名前どころか顔すら知らない。
名を聞いた記憶も、顔を見た記憶も持ってはいない。
「“興味が無かったから”……まぁ、そうでしょうねぇ。あんたって、基本的に無関心で生きてましたからね」
「……」
「黒の爺さんの息子については、母さんだけじゃなく、青と黄の陛下も詳しくないと思いますよ? 黒の爺さんは自分のことをべらべら喋るタイプじゃないし、基本的に四竜帝同士って、つがいや子供のことはあんまり話さないらしいですし……ほら、竜帝って立場上、そういうのはあんまりね……」
我とダルフェの歩む空間に、他者の気配は無く。
窓から射し込む陽の熱と、城の廻りに設置された水路を駆ける水音が。
「では。ベルトジェンガのつがいの死因は知っているか?」
我とダルフェの様子を伺うかのように。
大気に混じって、ゆるりゆるりと漂う。
「あの爺さんのつがいの死因ですか? 知りません。俺はあの爺さんの口から、嫁さんの名前すら聞いたことありませんから。いつ死んじまったのかも知りません。あんた同様、興味無かったんで」
そう。
ダルフェは、<黒>に興味が無かった。
だが、その腰にはその興味が無かった相手が贈った刀がある。
……つまり、そういうことだ。
ダルフェには無かったが。
それを贈った相手はダルフェに興味が、関心があったのだ。
「お前はもっと他家に興味を持つべきだったな?」
何故、だ?
何故、ベルトジェンガはダルフェに関心を持ったのだ?
「それ、無関心の手本みたいだったあんたに言われたくありません」
ダルフェの言うように。
無関心で生きてきた我の知らぬことは、あまりにも多く。
得た情報を、正確に組み合わせることが難しい。
全ての札をダルフェの前に並べるには、我はそれらを並べる順序を知らねばならぬ。
ならぬ、のだが……。
「ダルフェ。言い忘れていたのだが」
とりあえず。
この札は先に出しておくのだ。
そのために、早くりこに会いたい気持ちを抑えてわざわざ歩いて移動したのだから。
「溶液に漬け込んであった、お前の息子だが」
言わず、りこの前でばれたら。
我がりこに責められるやもしれぬのでな。
「ちょっと。俺の大事な息子を、漬物みたいに言わないでくれます? で、ジリギエがなにか?」
ぴたりと。
ダルフェの足が止まり。
「死にはしないが、かなりギリギリだったからな」
「……それっ! あんたのせいでしょーがっ!!」
全身で我へと向き直り、声を荒げた。
……怒っているな?
うむ。
これは、怒っているのだ。
「ゆえに。短時間で確実に蘇生させるために」
その姿に。
この札を今此処で出したのは正しかったと、我は確信した。
りこの前でダルフェが怒り出したら、りこはダルフェの味方をするに違いなく……我は妬き、焼きもちを盛大に焼いて、ダルフェの首の一本や二本(まぁ、首はひとつだが)叩き折ってしまうやもしれぬので。
この札は、今、此処で捨ててしまおう。
「多分、ブランジェーヌは成長促進剤を溶液に混ぜたぞ?」
成長促進剤の副作用は。
「なっ!?」
寿命の欠損、だ。
「ジッ……ジ、リッ……ギエッ」
「……」
このダルフェの顔を。
床に膝をついて、震えるこの姿を。
りこに見せてはいけないことくらい。
今の我には、分かるのだ。
「あ~あ。髪、びっちゃびちゃのままだから、床が濡れちまってますね。一応訊いておきますが、これ、誰が掃除するんですかねぇ~?」
風呂を終え、ダルフェに差し出された服を身につけた我は。
転移はせず、歩いてりこの居る部屋へと徒歩で向かった。
我が徒歩で向かうと言うと。
ダルフェは怪訝な顔にはなったが異を唱えはしなかった。
我には歩く理由があったが、ダルフェが問わぬのでそれを口にはしなかった。
「誰? お前に決まっているのだ」
「やっぱりか!? うわっ、ひっでぇ~! ……なんで髪を乾かさないんですか? 水分を術式で弾くなんて、あんたには簡単なことでしょう?」
ダルフェの用意した着替えは、緋色のレカサだった。
襟と袖、裾には金糸と銀糸で細やかな模様が……我には黄の大陸の森林地帯に発生する毒茸に見えたが、ダルフェが言うには縁起の良い彩雲を模したモノらしかった。
縁起なんぞ、我はどうでもよいのだがな。
「濡れたままのほうが、都合が良いのだ」
我が思うに。
濡れたままで、我がりこの前に現れれば。
いつものように、りこが優しく拭いてくれるのだ……。
「あ~、ったく、あんたの考えが分かっちゃう自分が嫌っつーか。旦那、アホっすねぇ~。こんな状態で歩いて移動してきたって知ったら、廊下がびしょびしょだって言って、姫さんはあんたなんか放って雑巾握ってあわてて飛び出しますよ?」
足を止めずにそう言ったダルフェは、にやりと笑った。
「ッ!?」
我は急いで術式を用い、髪を乾かし。
髪の水分で濡れた服も乾かして。
床に転々と落ちた水滴も、外部へと転移させた。
「それでいいんです! ねぇ、旦那。さっきの続きですけど、爺さんの頭のな……」
前方へと顔を向け、歩む速度を少々落としたダルフェの言葉が終わる前に。
「ベルトジェンガの頭は視ない。あそこまで劣化していると、視難いので必要な情報を選別して拾えない」
我は答えた。
真実と、嘘を混ぜて。
「そうですか……」
「ダルフェ、お前はどこまで知っているのだ?」
直線の廊下を、窓の外に広がる景色ではなく赤い髪を長めながら我は足と口を動かした。
赤い髪……青の大陸に移る前のダルフェは、その赤い髪を長く伸ばしていたことを思い出す。
「……旦那はどうなんです?」
「我か? 知らんからお前に訊いたのだ。 我はベルトジェンガの子には興味が無かったからな」
我は、息子の名前どころか顔すら知らない。
名を聞いた記憶も、顔を見た記憶も持ってはいない。
「“興味が無かったから”……まぁ、そうでしょうねぇ。あんたって、基本的に無関心で生きてましたからね」
「……」
「黒の爺さんの息子については、母さんだけじゃなく、青と黄の陛下も詳しくないと思いますよ? 黒の爺さんは自分のことをべらべら喋るタイプじゃないし、基本的に四竜帝同士って、つがいや子供のことはあんまり話さないらしいですし……ほら、竜帝って立場上、そういうのはあんまりね……」
我とダルフェの歩む空間に、他者の気配は無く。
窓から射し込む陽の熱と、城の廻りに設置された水路を駆ける水音が。
「では。ベルトジェンガのつがいの死因は知っているか?」
我とダルフェの様子を伺うかのように。
大気に混じって、ゆるりゆるりと漂う。
「あの爺さんのつがいの死因ですか? 知りません。俺はあの爺さんの口から、嫁さんの名前すら聞いたことありませんから。いつ死んじまったのかも知りません。あんた同様、興味無かったんで」
そう。
ダルフェは、<黒>に興味が無かった。
だが、その腰にはその興味が無かった相手が贈った刀がある。
……つまり、そういうことだ。
ダルフェには無かったが。
それを贈った相手はダルフェに興味が、関心があったのだ。
「お前はもっと他家に興味を持つべきだったな?」
何故、だ?
何故、ベルトジェンガはダルフェに関心を持ったのだ?
「それ、無関心の手本みたいだったあんたに言われたくありません」
ダルフェの言うように。
無関心で生きてきた我の知らぬことは、あまりにも多く。
得た情報を、正確に組み合わせることが難しい。
全ての札をダルフェの前に並べるには、我はそれらを並べる順序を知らねばならぬ。
ならぬ、のだが……。
「ダルフェ。言い忘れていたのだが」
とりあえず。
この札は先に出しておくのだ。
そのために、早くりこに会いたい気持ちを抑えてわざわざ歩いて移動したのだから。
「溶液に漬け込んであった、お前の息子だが」
言わず、りこの前でばれたら。
我がりこに責められるやもしれぬのでな。
「ちょっと。俺の大事な息子を、漬物みたいに言わないでくれます? で、ジリギエがなにか?」
ぴたりと。
ダルフェの足が止まり。
「死にはしないが、かなりギリギリだったからな」
「……それっ! あんたのせいでしょーがっ!!」
全身で我へと向き直り、声を荒げた。
……怒っているな?
うむ。
これは、怒っているのだ。
「ゆえに。短時間で確実に蘇生させるために」
その姿に。
この札を今此処で出したのは正しかったと、我は確信した。
りこの前でダルフェが怒り出したら、りこはダルフェの味方をするに違いなく……我は妬き、焼きもちを盛大に焼いて、ダルフェの首の一本や二本(まぁ、首はひとつだが)叩き折ってしまうやもしれぬので。
この札は、今、此処で捨ててしまおう。
「多分、ブランジェーヌは成長促進剤を溶液に混ぜたぞ?」
成長促進剤の副作用は。
「なっ!?」
寿命の欠損、だ。
「ジッ……ジ、リッ……ギエッ」
「……」
このダルフェの顔を。
床に膝をついて、震えるこの姿を。
りこに見せてはいけないことくらい。
今の我には、分かるのだ。