四竜帝の大陸【赤の大陸編】
第三十七話
この時。
 我は。
 この幼生が、嫌いだった。
 我のりこの寵愛を、易く手に入れたこの存在が。
 世界一、嫌いだった。
 疎ましく、憎々しく、妬ましく…………羨ましかった。
 その感情は、我の中から永遠に消えぬものと思っていた。

 我は。
 この時は、思いもしなかったのだ。
 忌々しいこの幼生が。
 こやつが、成竜となり。
 選んだ“つがい”が。
 その、我の感情を。
 さらに超えてくることになるなどと。
 未来を視ることのできぬ我には。
 この時の我は、思ってもいなかったのだ……。


 --ねえ、おっさん。ジリのこと、<処分>してくれないかな?
 --ならば。【部品】を残せ。


 【部品】。
 それは、子。
 カイユとダルフェの血を継ぐ存在が。
 りこのために、我には必要だったのだ。


 --……おっさん、相変わらずお馬鹿だね。分かったよ、ヴェルヴァイド。母様の【誓約】に、僕は従う。
 ーーお前はりこの『ジリギエ』だ。
 ーーおっさん。僕の名前、覚えてたんだ。


 ダルフェとカイユが遺したりこの竜騎士となるジリギエが、つがいにした女こそ。
 我が、世界で最も嫌いな存在となる者だったのだ。


 --お前はいつ死んでくれるのだ? さっさとしてくれぬと、我がこの手で引き裂きそうだぞ?
 ーーなんてひどいこと言うのっ!? ねぇ、ジリ! この人、なんとかしてよっ! ジリは強いんでしょう!?
 -ーうん、僕は強いよ? 君の頼みなら、何でもきいてあげたいんだけど……ごめんね。さすがに僕でも、このおっさんをどうにかするのは無理なんだよ……なんたって、ゴキ★リ以上の最強生物だから。


 流れた時間の、その先で。
 我は思い知るのだ。

 この幼生の、ジリギエの選んだ女によって。
 我は、思い知らされることになるのだ。

 最上級の。
“大嫌い”を。






「ジリ、ジリギエ! 俺の息子は世界一可愛いぃいいいいい~!」

 ……世界一可愛い、だと!?
 おのれ、ダルフェめ!
 寿命が残り少ない身ゆえ、その目玉までもが劣化しておるのか!?
 ふざけたことを言いおって……お前のその緑の目玉は毬藻かっ!?

「可愛いっ、これは可愛い過ぎるでしょうが!? やっぱ俺のジリは、世界でいっちば~ん可愛いっ!!」

 うむ、その目玉は藻決定なのだ!
 でなければ、あのチンケな幼生が世界一可愛くなど見えるはずがない!

「毬藻目玉ダルフェよ、訂正するのだ! ……我のほうが数倍っ! いや、数億倍可愛いのだっ………ん?」

 抱き上げられ、限界まで垂れ下がった目のダルフェに頬ずりされている幼生の姿……その衣類の色に、我はふと気付く。
 ……緋色のレカサを着ているのか?

「はぁ? 誰が毬藻っすか? ったく、なに阿呆な事を言って………………んん? あれ? ジリ、ちょっと父ちゃんに服を見せてくれっかな?」 

 ダルフェは我を数秒見てから。
 頬を寄せていた幼生の脇に両腕を入れ、高く掲げた。
 そのため、我からも人型となった幼生の全身がよく見えて……金糸と銀糸で縫われた毒茸、ではなく彩雲を模した細やかな模様が…………これは似ておるどころではなく、同じではないかっ!?

「あっー、やっぱり! 旦那、ジリとお揃いじゃないっすか! ずっつりぃ~! 俺だってジリとお揃いが着てぇし!」

 お、お揃い?
 我と幼生がお揃いだと!?

「え……あれ? 本当だ! ハクちゃんの服、ジリ君とお揃いなのね!? 素敵っ!」

 我の腹に両腕を回し密着していたりこが、興奮気味に言った。
 しかも、その両目が眩しいほど輝いて……。

「……り、りこ?」

 なぜ、そんなことで興奮するのだ?
 興奮するなら、夫である我の体に触れた時にすべきではないか!?
 りこ、興奮の使用方法が間違っておるぞ!?

「なんだかんだ言ってもハクちゃんは、ジリ君と本当は仲良しなのね……良かった!」

 我の体から腕を放すと、りこはその手を我の右手に重ね、握り。
 そして、笑んだ。

「嬉しい……ありがとう、ハク。好き……ハクちゃん大好き」

 その笑みを見た我の心臓は、激しく上下に動き。
 脳はりこの笑顔に占領され、幼生のことを考えることなど出来なくなった。

「り、りこ……う、うむ。な、な、なかっ、仲良し? そ、そうなのだ!」

 すまぬのだ、りこ!
 針を千本飲むから、嘘吐きな我を許してくれっ!



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