四竜帝の大陸【赤の大陸編】
第三十八話
「我を失望させるなよ?」
‟失望”。
その言葉の中にある、我の意を拾うことなど。
ダルフェには、易いことだろう。
「失望させるな、ですか………」
そう言った、ダルフェの目玉は。
陽に照らされ、萌ゆる森に似ていた。
産まれ、生き、次代へ繋ぐ……それは、我が持ち得ぬ生物としての本能。
そこから生まれた、子への愛情。
我には理解出来ぬそれ。
「あんたも、俺を失望させないでくださいよ? <古の白ヴェルヴァイド>」
「……ダルフェよ」
りこ、我のりこ。
我の愛は。
未来永劫、貴女だけ……。
「お前に失望されても、我はかまわぬぞ?」
我は。
貴女だけしか、愛せないのだ。
「はぁああ~!? ああ、そうでしょうねぇ~! まったく、あんたって人は自己中ド天然鬼ちっ……グガァアアアッ!?」
我への悪態を吐き出していたダルフェの開いた口に、高速で黒い弾丸が撃ち込まれた。
「ひっ!?」
その様を目にしたりこが、驚きに息を詰まらせる。
「あがががっ! いででっ……ふぁ、ふぁにふんだよ!? ふぁひゆっ!!」
ダルフェは椅子から腰を上げ、狙撃者に抗議し。
「口に食べ物が入っているのに喋るなんて、お行儀が悪いわよ? ダルフェ」
空になった菓子箱を右隣に立つ息子に渡しつつ、戻ってきたカイユが眉をひそめ……。
竜騎士であるカイユが親指で弾いたそれは、受けたのが人間ならば致死の可能性もあったが。
<色持ち>であるダルフェとはいえ、歯の一本も折れぬとは……つまらんな。
ああ、なるほど……カイユは目の前にりこがいたので、手加減したのかもしれぬ。
ダルフェが傷つくと、りこの心も痛むのだから……我以外の身をりこが案じるのは不快だが、りこの性格ではいたしかたないことであり……。
「カ……カ、カイユ!? あの、えっと、ダルフェはっ……まさか、今のって……チョ、チョコですか!??」
りこは困惑の表情で。
ダルフェとカイユを交互に見て、そう言った。
りこのそれは痛みに声をあげた(もちろん、それはふざけてのことであって通常、この程度のことでダルフェが痛みに声をあげるなど無い)ダルフェを案じる言葉ではなかった。
りこらしからぬ反応に、カイユが水色の眼を細め……。
「はい、そうですが……」
我を流し見てから、カイユはその眉をひそめた。
人であるりこに認識可能な速度ではなかったのだから、当然の反応だ。
それが見えたということは、我に原因があると考えてのことだろう。
まあ、実際……我のせいなのだが。
「今の…………ハク……ハクちゃんも見た? ダルフェさんの口に飛んで来たの、見えた!?」
「勿論、見えたが?」
りこは。
我の身から離した両の手を。
我の染めた瞳へと添え、問うた。
「……16個、だった?」
りこは、我に問うた。
黒い弾丸となった菓子に口腔を襲撃されたダルフェではなく。
ダルフェの口へ撃ち込んだカイユにでもなく。
我だけに、問うたのだ。
その意味は……。
「へ、へめしゃん……」
「トリィ様っ…………」
「かかさまっ、なに……どしてなの?」
母親に手渡された箱の内側にある窪みの数を、幼生の目が追い……母親の袖を、小さな手が掴んだ。
両親の反応が、理解はできぬのだろう。
「……りこ」
肉体の強化、再生能力の移行……それらがどこまで進行しているのか、こやつ等にも確かめようがない。
カイユとダルフェがりこの身を刃で傷つけてまで確かめることなど、出来ぬのだから。
もちろん、我にもそのようなことは出来ぬ……。
「当たり、なのだ」
りこは。
正確に。
撃ち込まれた物体とその数を言い当てることができた、が。
予想以上だが、期待していたほどではなく……我としては動体視力などではなく、再生能力向上のほうに重きをおいていたのだが……うまくいかぬものだ。
「…………わ、私……当たったの、ね……」
ダルフェとカイユが、顔を見合わせ。
発する言葉を迷い、選択する間に。
「ハクちゃん、ハク……私っ……」
りこが、口を開いた。
「あのね、ハク! …私、実はね、そのっ……貴方と夫婦になってから身体が変わったって実感があるっていうか、そのっ……怪我が短時間で治ったし……手の甲をナイフが貫通したのに……だから、アリシャリ達は私を竜族だと思ったみたいで……それでね、私っ……ハク?」
「……」
「ハクちゃん、大丈夫!?」
瞬時に硬直した我を、りこが案じてくれたが。
……だ、だだだ、大丈夫なはずなかろーがっ!!
「……り、りり、りっ、りこ」
今、りこは何と言ったのだ?
我の脳、さっさと再生するのだ!
--怪我が短時間で治ったし……手の甲をナイフが貫通したのに……だから、アリシャリ達は私を竜族だと思ったみたい……
「…り…りこ、は、怪我をした、の、か?」
り、りこが怪我をっ!?
い、いや、重要なのはそこではなくっ!
いや、怪我も重要だがその内容が重要というかっ……ま、まずいのだっ!
衝撃的過ぎて脳内が得た情報を信じられずに、理解することを拒否しそうなのだっ!!
「……りり、り、こ! ナ、ナナ、ナッ、ナイフが貫通とはどういうことなのだ!? その様な事、我は知らぬぞっ!?」
「あ、えっと、その……いろいろ落ち着いてから言おうと思って……ごめんなさいっ!」
あやつ等はダルフェが処理済みだぞ!?
我が復讐したくとも、不可能ではないかっ!
「……ッ」
行き場のない怒りが身の内を駆け回り、激しい吐き気と眩暈と頭痛が我に一気に襲い掛かる。
我が人間だったら、脳梗塞と心筋梗塞で倒れるておるのではないか!?
くっ……りこ、さすが我の妻なのだ!
我がりこの肉体を変化させていることを……真実を伝えるべきか否かという問題を考える暇を我に与えず、さらなる衝撃で我の心身を叩きのめすとはっ……真に世界最強なのは我ではなく、この我の妻であるりこなのだ!
「うわっ!? だ、旦那!? あんたの尾、やばいことになってますけど!?」
口内の菓子を食い終わったダルフェに指摘されるまでもなく、我もそれを気がついていた。
「え? きゃあっ!? しっぽが……ハクちゃん、大丈夫!?」
りこの膝の上に立った我の尾が。
あまりの衝撃に中央部分からあらぬ方向に直角に曲ってしまったことに……骨、折れたな。
だが、我にはそれを気にする余裕などなかった。
‟失望”。
その言葉の中にある、我の意を拾うことなど。
ダルフェには、易いことだろう。
「失望させるな、ですか………」
そう言った、ダルフェの目玉は。
陽に照らされ、萌ゆる森に似ていた。
産まれ、生き、次代へ繋ぐ……それは、我が持ち得ぬ生物としての本能。
そこから生まれた、子への愛情。
我には理解出来ぬそれ。
「あんたも、俺を失望させないでくださいよ? <古の白ヴェルヴァイド>」
「……ダルフェよ」
りこ、我のりこ。
我の愛は。
未来永劫、貴女だけ……。
「お前に失望されても、我はかまわぬぞ?」
我は。
貴女だけしか、愛せないのだ。
「はぁああ~!? ああ、そうでしょうねぇ~! まったく、あんたって人は自己中ド天然鬼ちっ……グガァアアアッ!?」
我への悪態を吐き出していたダルフェの開いた口に、高速で黒い弾丸が撃ち込まれた。
「ひっ!?」
その様を目にしたりこが、驚きに息を詰まらせる。
「あがががっ! いででっ……ふぁ、ふぁにふんだよ!? ふぁひゆっ!!」
ダルフェは椅子から腰を上げ、狙撃者に抗議し。
「口に食べ物が入っているのに喋るなんて、お行儀が悪いわよ? ダルフェ」
空になった菓子箱を右隣に立つ息子に渡しつつ、戻ってきたカイユが眉をひそめ……。
竜騎士であるカイユが親指で弾いたそれは、受けたのが人間ならば致死の可能性もあったが。
<色持ち>であるダルフェとはいえ、歯の一本も折れぬとは……つまらんな。
ああ、なるほど……カイユは目の前にりこがいたので、手加減したのかもしれぬ。
ダルフェが傷つくと、りこの心も痛むのだから……我以外の身をりこが案じるのは不快だが、りこの性格ではいたしかたないことであり……。
「カ……カ、カイユ!? あの、えっと、ダルフェはっ……まさか、今のって……チョ、チョコですか!??」
りこは困惑の表情で。
ダルフェとカイユを交互に見て、そう言った。
りこのそれは痛みに声をあげた(もちろん、それはふざけてのことであって通常、この程度のことでダルフェが痛みに声をあげるなど無い)ダルフェを案じる言葉ではなかった。
りこらしからぬ反応に、カイユが水色の眼を細め……。
「はい、そうですが……」
我を流し見てから、カイユはその眉をひそめた。
人であるりこに認識可能な速度ではなかったのだから、当然の反応だ。
それが見えたということは、我に原因があると考えてのことだろう。
まあ、実際……我のせいなのだが。
「今の…………ハク……ハクちゃんも見た? ダルフェさんの口に飛んで来たの、見えた!?」
「勿論、見えたが?」
りこは。
我の身から離した両の手を。
我の染めた瞳へと添え、問うた。
「……16個、だった?」
りこは、我に問うた。
黒い弾丸となった菓子に口腔を襲撃されたダルフェではなく。
ダルフェの口へ撃ち込んだカイユにでもなく。
我だけに、問うたのだ。
その意味は……。
「へ、へめしゃん……」
「トリィ様っ…………」
「かかさまっ、なに……どしてなの?」
母親に手渡された箱の内側にある窪みの数を、幼生の目が追い……母親の袖を、小さな手が掴んだ。
両親の反応が、理解はできぬのだろう。
「……りこ」
肉体の強化、再生能力の移行……それらがどこまで進行しているのか、こやつ等にも確かめようがない。
カイユとダルフェがりこの身を刃で傷つけてまで確かめることなど、出来ぬのだから。
もちろん、我にもそのようなことは出来ぬ……。
「当たり、なのだ」
りこは。
正確に。
撃ち込まれた物体とその数を言い当てることができた、が。
予想以上だが、期待していたほどではなく……我としては動体視力などではなく、再生能力向上のほうに重きをおいていたのだが……うまくいかぬものだ。
「…………わ、私……当たったの、ね……」
ダルフェとカイユが、顔を見合わせ。
発する言葉を迷い、選択する間に。
「ハクちゃん、ハク……私っ……」
りこが、口を開いた。
「あのね、ハク! …私、実はね、そのっ……貴方と夫婦になってから身体が変わったって実感があるっていうか、そのっ……怪我が短時間で治ったし……手の甲をナイフが貫通したのに……だから、アリシャリ達は私を竜族だと思ったみたいで……それでね、私っ……ハク?」
「……」
「ハクちゃん、大丈夫!?」
瞬時に硬直した我を、りこが案じてくれたが。
……だ、だだだ、大丈夫なはずなかろーがっ!!
「……り、りり、りっ、りこ」
今、りこは何と言ったのだ?
我の脳、さっさと再生するのだ!
--怪我が短時間で治ったし……手の甲をナイフが貫通したのに……だから、アリシャリ達は私を竜族だと思ったみたい……
「…り…りこ、は、怪我をした、の、か?」
り、りこが怪我をっ!?
い、いや、重要なのはそこではなくっ!
いや、怪我も重要だがその内容が重要というかっ……ま、まずいのだっ!
衝撃的過ぎて脳内が得た情報を信じられずに、理解することを拒否しそうなのだっ!!
「……りり、り、こ! ナ、ナナ、ナッ、ナイフが貫通とはどういうことなのだ!? その様な事、我は知らぬぞっ!?」
「あ、えっと、その……いろいろ落ち着いてから言おうと思って……ごめんなさいっ!」
あやつ等はダルフェが処理済みだぞ!?
我が復讐したくとも、不可能ではないかっ!
「……ッ」
行き場のない怒りが身の内を駆け回り、激しい吐き気と眩暈と頭痛が我に一気に襲い掛かる。
我が人間だったら、脳梗塞と心筋梗塞で倒れるておるのではないか!?
くっ……りこ、さすが我の妻なのだ!
我がりこの肉体を変化させていることを……真実を伝えるべきか否かという問題を考える暇を我に与えず、さらなる衝撃で我の心身を叩きのめすとはっ……真に世界最強なのは我ではなく、この我の妻であるりこなのだ!
「うわっ!? だ、旦那!? あんたの尾、やばいことになってますけど!?」
口内の菓子を食い終わったダルフェに指摘されるまでもなく、我もそれを気がついていた。
「え? きゃあっ!? しっぽが……ハクちゃん、大丈夫!?」
りこの膝の上に立った我の尾が。
あまりの衝撃に中央部分からあらぬ方向に直角に曲ってしまったことに……骨、折れたな。
だが、我にはそれを気にする余裕などなかった。